ファントム・オブ・ザ・シティ/ジョー・チェンバース | スロウ・ボートのジャズ日誌

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ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

8日(月)、東京・銀座の高級腕時計店に白い仮面をつけた

複数の男が押し入り、商品を奪った事件。

 

銀座の大通り沿いに面した店で

犯人が堂々とショーケースをたたき割り、

商品を奪って人通りの中を逃走する動画が拡散しました。

あれは映画のワンシーンのようで本当に衝撃的でした。

 

これまでに逮捕されたのは4人。

無職の少年(16)、職業不詳の男(19)、

アルバイトの男(19)、高校3年の少年(18)で

全員が10代というのも驚きです。

 

この4人の若さと面識がなかったメンバーがいたことから、

「黒幕」が若者を使い、安全な場所から指示した可能性が指摘されています。

本当だとしたら許せないことです。

 

最近、「素人」を使った「闇バイト」の存在がクローズアップされています。

お金を必要とする若者が

「手仕事」としてできるのが犯罪という状況にクラクラしますが、

彼らを食い物にする「黒幕」にも深い闇を感じます。

自分の目的が達せられるなら、

「手足」となる人間が稚拙な手口で捕まっても構わない、という発想。

人間らしさがないというか、犯人がつけていた仮面のような

「表情のなさ」に空恐ろしくなります。

 

そういえば、仮面を持った人物がいるジャケットがあったな・・・

ということで取り出したのがジョー・チェンバース(ds)の

「ファントム・オブ・ザ・シティ」です。

「街の亡霊」というタイトルになるのでしょうか。

言葉からはおどろおどろしい印象を受けますが、

中身はライブということもあって熱く、現代的なジャズです。

 

ジョー・チェンバース(1942-)はアメリカ・ペンシルベニア州生まれの

ドラマー・ヴィブラフォン奏者。

日本ではボビー・ハッチャーソン(vib)の名作「ハプニングス」で

トニー・ウィリアムス(ds)に近い、

新しい感覚のドラムを叩いていたことで知られています。

先日、ブルーノートから新作を出したばかりで、

現在は「元気な大御所」といったところでしょうか。

 

この作品が録音されたのは1991年。

リーダーのキレのいいリズムに乗ってサイドマンが大活躍しているのが面白い。

特にピアノのジョージ・ケイブルスはいつもより強いタッチを出していますし、

テナー・サックスのボブ・バーグがこんなにいい奏者だったとは!

という発見があります。

1990年台初頭のジャズが充実していたことを示す1枚です。

 

1991年3月8~9日、ニューヨーク・バードランドでのライブ録音。

 

Joe Chambers(ds)

Philip Harper(tp)

Bob Berg(ts)

George Cables(p)

Santi Debriano(b)

 

①Phantom Of the City

ジョージ・ケイブルスのオリジナルで、編成はピアノ・トリオ。

ちょっと「躓いている」ような不安定さがある

ドラムとピアノのイントロで幕を開けます。

そこからモーダルなテーマが提示され、

次第にちょっと妖しさがありながら躍動感のある世界が開けてきます。

最初のソロはピアノ。モード的な「横滑り感」がありながら、

ジョージ・ケイブルスの叩き出す右手のフレーズが「強い」。

軽く流れるはずの曲調ですが1音1音に力があるので

つい引き込まれてしまいます。

これにはケイブルスの濃すぎない「黒さ」も影響しているのでしょう。

やがてチェンバースの「煽り」が激しくなると共に

ケイブルスが右手で意外なフレーズを連発して盛り上げてから

ドラム・ソロに渡します。

ベースとピアノがリズムを刻む中、

チェンバースは自由にシンバルとタムを行きつ戻りつしていきます。

そこからピアノのテーマに戻る流れがスムーズで、

このトリオのチームワークの良さが出ています。

それにしても「街の亡霊」の正体は何だったのだろう・・・。

 

③For Miles

ジョー・チェンバースのオリジナル。

1991年9月に亡くなったマイルス・デイヴィスに哀悼の意を表し

タイトルが変えられたそうです。

ピアノのみによる静かなイントロからボブ・バーグがテーマを奏でます。

バラッドをストレートに吹くバーグにはコルトレーンのように

「逃げない」強い意志が感じられます。

途中、フィリップ・ハーパー(tp)とバーグが共にテーマを奏で、

バーグのソロへ。

チェンバースの安定感のあるブラッシュ・ワークに乗って

抑制を利かせつつも音に確信があるいいソロです。

特にリズム・チェンジの時に浮遊感を持たせ、

通常のテンポに戻った時には堂々と着地する様子からは

大物の貫禄すら感じさせます。

次はピアノ・ソロ。

ケイブルスは軽快さを出していきますが、

ここでも時に方向性が分からなくなる意外なフレーズを織り交ぜ、

モードとモンクの奏法が混じったかのような独自の世界を作り出します。

最後はテーマに戻り、バーグが無伴奏でドラマチックに歌い上げるところも

素晴らしいです。

 

このほか、ジョー・ヘンダーソン作曲

⑦In And Out ではこのグループの持つまとまりとスリルが良く表れています。

 

銀座の事件で若者たちがつけていた安っぽい白い仮面。

あれは「映画に出てきそうで」通行人がリアリティーを

持てなくなるような効果をねらったのでしょうか。

事実、通行人の中にはショーケースが破壊される様子を見ながら

そのまま通り過ぎている人もいました。

 

フィクションとも思える事態が都市の中心部で起きている。

改めて事態の深刻さを痛感せずにはいられません。