シー・ユー・アット・ザ・フェアー/ベン・ウェブスター | スロウ・ボートのジャズ日誌

スロウ・ボートのジャズ日誌

ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

G7広島サミットはきょうが最終日。

ウクライナのゼレンスキー大統領が来日したことで

全ての話題がそちらに持っていかれた感がありますが、

一つ気になることがあります。

 

それは首脳宣言とは別に19日にまとめられた、

核軍縮に焦点を当てた声明「広島ビジョン」のことです。

外務省ホームページに原文と仮の訳が掲載されています。

 

「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」|外務省 (mofa.go.jp)

 

長い内容ですが、目立つのはウクライナ情勢を受け、

ロシアによる核の威嚇を非難していること。

そして、「核の抑止」に一定の役割を認めていることです。

次のような文言がありました。

 

我々の(※筆者注 G7の) 安全保障政策は、核兵器は、それが存在する限りにおいて、

防衛目的のために役割を果たし、 侵略を抑止し、

並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている。 

 

これ自体は、いまの世界の現状では「常識的」なことなのかもしれません。

しかし、被爆地である広島から発せられるメッセージとしてふさわしいのか?

という疑問は拭えません。

 

原爆で多大な犠牲者を出した広島・長崎のメッセージは一貫して「核兵器の廃絶」でした。

その広島の名前を冠した声明が「核抑止には役割がある」と現状を追認し、

G7の核保有国の責任は一切問わないのはどうしたわけか。

しかも、このメッセージは各国首脳が原爆資料館を訪れた後に発表されました。

そのことは声明に一言も反映されていません。

 

内容が「近視眼的」とでも言うのでしょうか。

遠くても理想に向かっていこうという意思が感じられない声明が

広島を地元とする総理大臣によってまとめられる皮肉。

これまでの経験からもっと長期的な視野を持つべきというのは

岸田首相には無理な注文なのでしょうね・・・。

 

ここで「長い時間軸」を感じさせるジャズを聴きたくなりました。

ベン・ウェブスター(ts)の「シー・ユー・アット・ザ・フェアー」です。

 

ベン・ウェブスター(1909-1973)はアメリカ・ミズーリ州カンザスシティ出身。

もともとピアノを弾いていたそうですが、バド・ジョンソン(ts、cl)と出会い

テナー・サックスの手ほどきを受けてから徐々にこの楽器にシフトしていきます。

 

1930年代半ばから1940年代初頭にかけてデューク・エリントン楽団に出入りし、

「モダン・テナーの始祖」としてレスター・ヤングやコールマン・ホーキンスと

並んで評価されるようになります。

男性的な悠然とした音色で、ヴィブラートを多めに利かせたプレイは

「歌を感じさせる」ものでした。

 

しかし、1940年後半以降、ビバップの鋭角的で高速のソロが流行すると

彼のスタイルは「古い」と捉えられていきます。

1950年代に入ると故郷のカンザスシティに引っ込んでいることが

多かったようですが、1962年にNYに戻って来ると

時代の流れとは一線を画し自己のスタイルを貫き続けます。

 

「シー・ユー・アット・ザ・フェアー」の録音は1964年。

「俺はこうなんだ!」とばかりに「自分の歌」を奏でるウェブスターの

真骨頂を聴くことができる快作です。

 

1964年3月11日、25日の録音。

 

Ben Webster(ts)

Hank Jones(p)

Roger Kellaway(p,harpsichord)

Richard Davis(b)

Osie Johnson(ds)

 

①See You At The Fair

ウェブスターのオリジナル曲。

冒頭のテナーによるどっしりとした「雄叫び」を聴くだけで

彼の世界が広がります。

ちょっとやそっとのことでは動かない豪快な父親に

会ったような感じ、とでも言えばいいのでしょうか。

ちょっとユーモラスでマーチ風にも聴こえるテーマが終わると

そのままウェブスターのソロへ。

ヴィブラートがかなり効いた音色は今ではなかなか聴けない

「オールド・スタイル」ですが、これが今の時代ではかえって新鮮。

気ままに吹いているかのようなスタイルに「芸術性」は薄く、

これも現代では逆に新しく聴こえてくるから不思議です。

続くロジャー・ケラウェイのピアノは相当モダン。

こちらは無理に親分に合わせず、キリっとした音色で歯切れ良く迫ってきます。

リチャード・デイヴィスの図太いベース・ソロも切れ味が良く、

リズム陣が現代的なところがバンド全体でいいバランスとなり、

「時代を超えた」演奏になっていることに気が付きます。

 

②Over The Rainbow

有名スタンダードで、こちらはしっとりとしたバラード。

ウェブスターが吹くテーマは「息遣い」が感じられる情感たっぷりなものですが、

意外に「くどくない」のです。

スローに徹し、大袈裟な感情表現はしないスタイルが成功しています。

御大はテーマのみでハンク・ジョーンズのピアノ・ソロに渡します。

これがジョーンズらしく、優雅できらめきのある見事なものです。

続いて御大のソロ。「静々とした」短い演奏で、

ほとんどエンディングのテーマと一体化しています。

こういう「テーマと区別のつかない」ソロって

曲に対する理解度を示していて嬉しいですよね。

 

エリントン・ナンバー④In a Mellow Tone の朴訥とした味わいも

なかなか良いです。

 

広島サミット、本日は「平和で安定し、繁栄した世界に向けて」をテーマにした

討議が行われているそうです。

セレモニーに終わらない議論が行われることを願いつつ、

「核」に関しては本質から逸脱した姿勢は許さないという声を国民が

上げ続けるしかないと思います。