今月27日に行われる安倍元総理大臣の「国葬」に反対する声が大きくなっています。
各マスコミが行っている世論調査でも「反対」が「賛成」を大きく上回り、
今週水曜日(先月31日)には岸田首相が国会の閉会中審査に応じて
「国葬」を実施する意義を説明する意向を示しました。
世論の声に押されて、国会を開かざるを得なくなった形です。
世論の背景には安倍元総理の政治的な業績への賛否はもちろんのこと、
旧統一教会の関係をきっかけに撃たれた人物を
国を挙げて弔うことへの抵抗感があると推測します。
「国葬」で世界中の要人を呼べば、
「なぜ亡くなったの?」という話になるのは当然です。
「カルトと深い関係があったんだよ」という答えを聞けば、
「日本も大変な国だなぁ」という反応になってしまいます。
なぜわざわざそんな恥ずかしいことをしてしまうのか。
今回は岸田総理の政治センスのなさが出てしまったと言えます。
もともと評価が分かれていた安倍総理の「国葬」をいち早く決めたのは、
清和会という自民党の一大勢力を取り込もうとしたからでしょう。
しかし、清和会が旧統一教会との深い関係でリスクになってしまった。
自らが総裁を務める自民党の選挙運動に対する認識が甘かったのでしょう。
もう一つ、「弔い」を打算でやろうとしたことが良くなかった。
凶弾に倒れた人を弔おうという気持ち自体は多くの国民に素直にあるでしょう。
それを「国を挙げたキャンペーン」にしようとしたからおかしくなってしまった。
普通に追悼すれば、こんな議論を呼ぶこともなく死者を送り出せたでしょう。
残念なことです。
追悼は自然な気持ちから・・・。
そんなことを考えていたら「アイ・リメンバー・クリフォード」という曲を
聴きたくなりました。
「リー・モーガン Vol.3」に収録されています。
ジャズ・ファンには有名な話ですが、この曲はクリフォード・ブラウン(tp)が
自動車事故で急死したことを受けて作曲されました。
クリフォード・ブラウン(1930-1956)はビッグ・トーンと温かみのある音色で
天才的な奏者と言われましたが、わずか25歳で亡くなります。
この死を惜しんで、ライオネル・ハンプトン楽団で同僚だった
ベニー・ゴルソン(ts)が追悼のために作ったのが
「アイ・リメンバー・クリフォード」です。
この曲は真摯な追悼の気持ちがにじみ出るものとなりました。
その旋律を若き(18歳!)リー・モーガンが吹きます。
モーガンは若者らしからぬ感情を抑えたプレイで見事に期待に応えました。
ベニー・ゴルソンのアレンジも相まって、ジャズ史に残るトラックが誕生しました。
1957年3月24日、ニュージャージーのルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオでの録音。
収録曲は全てゴルソンの作曲・アレンジです。
Lee Morgan(tp)
Gigi Gryce(as)
Benny Golson(ts)
Wynton Kelly(p)
Paul Chambers(b)
Charlie Pership(ds)
③I Remember Clifford
ゴルソンとグライスによるサックスのハーモニーが一瞬だけ先行し、
そこにモーガンのまっすぐなトランペットが重なる導入部が秀逸。
「同時スタート」ではなく、バックがわずかに早く出て温かいムードを作り、
そこにテーマが入るというゴルソンのアレンジに脱帽です。
モーガンのトランペットは全く「揺るがない」。
ヘタをすると感傷でズブズブになりかねないテーマを、
ひたすらストレートに、余計なヴィブラートをかけることもなく
吹くことで情感を生み出しています。
そこにトランペットを包み込むようなサックスの「ゴルソン・ハーモニー」が
控えめでありながら切ない雰囲気を作り出します。
テーマを受けたモーガンのソロは、テクニックだけで言えば後年の方がすごいでしょうが、
追悼の気持ちを素直に打ち出し、過度な表現を抑えてテンポもあまり上げません。
伸びのあるフレーズと温かい音色を交えながら、落ち着いたムードに徹した見事な演奏です。
続くウィントン・ケリーもソロの最後に彼らしい跳ねたフレーズがわずかにありますが
追悼の姿勢を大事にしています。
ミュージシャン全員がこの曲に込められた気持ちを理解していることが良く分かります。
おそらく岸田首相は国会で安倍元総理の「歴代最長の在任期間」や、
「弔問外交は意味がある」といった話で逃げ切ろうとするのでしょう。
「丁寧な説明」はなかなか望めないにしても、
「国会で一度も議論しなかった国葬」という最悪の事態は避けられる。
今回、「追悼」を利用することの愚かさが分かったことは良かったと思います。
