この1週間、原発に関する「方向転換」が急に示されて驚きました。
今月24日(水)に政府は「脱炭素社会の実現に向けた会議」を開きました。
「GX=グリーントランスフォーメーション実行会議」という名称で、
名前だけ聞くと再生可能エネルギーのことを議論するように思えます。
しかし、ここで示されたのは原発に関する新たな方針でした。
まず、電力の需給がひっ迫する状況やエネルギー安全保障に対応するため
来年の夏以降、原発7基の再稼働を目指すことが示されました。
さらに、これまで「想定していない」としていた原発の新増設について
具体的な方向性を年内にまとめることにしたのです。
福島第一原子力発電所の事故の後、
政府は「原子力発電の依存度を可能な限り低減する」としていました。
その一方で、原子力発電を「重要なベースロード電源」としていて、
どっちつかずの姿勢を見せてきました。
そこを転換して、原発依存を本格的に高める動きが出てきたのです。
今回の方針で気になるのは「バージョンアップした」方針とは思えないことです。
政府・与党・一部の野党には原発が動く方が都合のいい勢力がいるのでしょうが、
それにしても方針を転換するのであれば「ビジョン」が欲しいところです。
いまウクライナにあるザポリージャ原発が攻撃を受け、
放射線による被害が懸念されています。
リスクの高いエネルギーに日本は頼るべきなのか。
放射性廃棄物の問題では最終処分地が決まっていないのに、
「危険なゴミを出し続ける」ことで将来世代にツケを回していいのか。
原発の安全管理が厳しくなったことで発生している「コスト高」をどうするのか。
その辺りにはあまり踏み込まず、「化石燃料が不安定化しているので、原発を」
というのでは芸がなさ過ぎます。
広い視点でいまの議論に耐えうる「バージョンアップした」方針を出してほしいところです。
今回は「バージョンアップした」道のりをたどったグループの演奏を聴いてみましょうか。
アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズの「ザ・ビッグ・ビート」です。
アート・ブレイキーをリーダーとするこのバンドが、
「音楽監督」の交代で変化を続けてきたことはよく知られています。
1959年、それまでメッセンジャーズをキャッチ―な作編曲で支えてきた
ベニー・ゴルソン(ts)が退団します。
一時的にハンク・モブレーがテナーで参加しますが、
その後にウェイン・ショーター(ts)が音楽監督として新たに就任。
ショーターはオリジナル曲をバンドに提供し、ファンキー色が強かったバンドを
次第にモードを取り込んだ洗練された色合いを持つものに変えていきました。
「ザ・ビッグ・ビート」はショーターが音楽監督に就任してから間もない頃の作品。
面白いのはリー・モーガン(tp)やボビー・ティモンズ(p)といった
ファンキー・ブームの立役者とショーターが組むことで
「従来路線」と「新しい試み」が混在していることです。
普通に聴いていても高い完成度がある作品ですが、
変化しつつあるバンドを捉えたドキュメントとして楽しむのも良いでしょう。
1960年3月6日、ニュージャージーのルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオでの録音。
Lee Morgan(tp)
Wayne Shorter(ts)
Bobby Timmons(p)
Jymie Merritt(b)
Art Blakey(ds)
③Dat Dere
ボビー・ティモンズのオリジナル。
これはファンキー路線に近いスタイルで、
名作「モーニン」に入っていてもおかしくない演奏です。
ティモンズのピアノによるゴスペル的なイントロが何とも「黒く」、いい雰囲気。
そこに2管のユニゾンでテーマが示され、モーガンのソロへ。
彼が得意とするキレのいいフレーズが鳴り響きます。
高音のヒットに絶対的な安定感があるため、
かなり難しい展開でも余裕すら感じます。
続いてショーターのソロ。彼らしい、ハードバップとは一線を画した
ダークでウネウネするようなフレーズが飛び出します。
バックのリズムはファンキー路線なのに、
自然とモードの感覚を取り入れていると言っていいでしょう。
そして、ティモンズのソロ。
あの強いブロック・コードが飛び出して情念を打ち付けているようにも聴こえます。
それでも「モーニン」ほど泥臭くはなく、違う響きになっているのが面白い。
最終盤のホーン陣とピアノが重なり合うアレンジといい、
どこか計算が入った響きがメッセンジャーズに新しい魅力を加えています。
④Lester Left Town
ショーターのオリジナル。
モードの影響を受けて水平に広がるような印象と、
タテに刻まれるようなフレーズが混在した不思議なテーマです。
最初のソロはショーター。
自分の曲のせいか、かなり生き生きとした演奏で
ハリのある音を聴かせてくれます。
コルトレーンに近いですが、予測不能な展開が彼らしい。
続くモーガンのソロは吹っ切れたように攻撃的で
細かなフレーズをつないでいきます。
まるで「ハードバップの手法はこんな曲でもいけるぜ!」と
言っているかのよう。
ティモンズのピアノはモード奏法に寄せて頑張っていますが
そんな中で黒っぽい味わいを残しているのが彼らしい。
移り行くメッセンジャーズの姿を捉えたトラックです。
⑥It's Only A Paper Moon
おなじみのスタンダードですが、アレンジが斬新です。
テーマ部分は主にトランペットが担いますが、
メロディが解体され、テナーとのユニゾンも交えた構成が面白い。
ショーターのテナー・ソロはここでも予測不能ですが
原曲の軽妙さの影響を受けているのか、少しユーモアを交えている感じがします。
モーガンの疾走するソロが続き、ティモンズへ。
ここでブレイキーがブラッシュ・ワークに切り替えてリズムに変化を与えることで、
ティモンズがソロを弾きやすくなっているのが興味深い。
御大のドラム・ソロは音の大きい力強いもので
この「変わらなさ」はちょっとホッとします。
メッセンジャーズはこの後、メンバーを変えてよりモーダルな要素を強くしますが、
やはり変化することは簡単ではないし、いきなりできることでもないんですよね。
議論や試行錯誤を経ないと結実しないのだと思います。
東日本大震災から10年以上を経たいま、
私たちはエネルギーをめぐって試行錯誤ができてきたのでしょうか。
自分も含めて流されてきた結果が、今回の新鮮味のない方針転換だとしたら
反省しなくてはいけません。
あの過酷な事故を経た国民としてもっとできることはあるはず。
化石燃料や原発とは違うイノベーションを起こせるほうが
よっぽど希望のある社会につながるはずで、あきらめてはいけないと思います。