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ミナさんのライブ@PianoBar Kiyomi in朝潮橋

おなじみ山野ミナさんのライブ、久々の紹介である。

前回紹介してから、何度もライブをされているのだが、

全部紹介していると、このブログがミナさんだらけに

なってしまうので、バランスを保つためにしばらくお休みした。

今回も、ますます磨きのかかったお得意のスタンダードナンバー

を披露された。

聴くたびにすばらしくなっているように思う。

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4月2日(土) 朝潮橋 PIANO BAR KIYOMI にて。

山野 ミナ(Vo)

吉尾 敬彦(pf)


ミュージシャンとライブハウスの相性というものがある。

オーナーの方針、人間性、性格などにより、

ミュージシャンがもてる力を発揮しやすい所、難しい所があるが、

ミナさんはじめ若いミュージシャンにとってPIANO BAR KIYOMI は、

とても相性の良いライブハウスである。

それは、オーナーの武田清美さんが、ミュージシャンのあらゆる個性を受け入れ、

特にこれから伸びて行こうとする若いミュージシャンを暖かく見守り、

育てていこうとする、まさに母親のような教育者のような姿勢を持って

おられるからである。

儲け主義を一切排しているので、経営はきびしい。

しかしそのような姿勢はやがて無形の財産となり、

大阪の音楽界に大きく貢献して行くだろう。

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武田清美ママ


ピアノは、大阪ジャズピアノ界の重鎮、吉尾敬彦氏。

ピアノの実力は誰しも認めるところであるが、

軽妙洒脱でユーモアとウィットに富み、ちょっぴり毒舌の効いたトークは

とても楽しい。まさにエンターティナーである。

「ジャズピアノ界のやしきたかじん」の異名をとる。

ミナさんとの相性も非常に良かったと思う。

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飛び入りで、聴きにきていたヴォーカリストの大野いずみさんが一曲歌った。

彼女は以前ヴォーカル・セッションで、吉尾さんのピアノで歌ったことがある。

曲目は「It,s only paper moon」

吉尾さんのピアノを大変信頼していただけに、よく合った演奏だった               

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関西二期会 オペラ研修所 修了公演  

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3月26日(土)、尼崎ピッコロシアターにおいて、

関西二期会オペラ研修所修了公演が行われた。

曲目は、モーツアルト作曲「コシ・ファン・トゥッテ」
            (女はみんなそうしたもの) 

女性の浮気をテーマにした、コメディっぽいオペラ

である。

女も十五になれば、男の気を引く術を身につけなさいと歌う

アリアなど、現代なら児童福祉法に抵触しそうなくだけた内容ではあるが(笑)、

娯楽オペラとしては楽しめるものだ。

ベートーヴェンがこのオペラを見た時、

あまりの内容の低俗さに憤慨して席を立ったというエピソードがある。

その後ベートーヴェンは、純粋な夫婦愛を描いた「フィデリオ」

を作曲するが、高い道徳性、芸術性はあっても娯楽性に欠け、

大衆にはまったく受けなかったという。


中井 祥子さんはフィオルディリージという役を演じられた。
       

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女中の画策により、恋人を裏切って浮気をそそのかされる令嬢、という役柄だが、

歌もさることながら、とても難しい演技力を要求される。

フィオルディリージの役は、四人の歌手が場面ごとに交代で演じるが、

中井さんは、最後の場面に登場した。

歌唱力、演技力、容姿その他の要素を考慮して、

演出家の判断があったものと思われる。

フィナーレは上手に盛り上がり、成功裏に幕を閉じた。


これで二年間の研修期間は修了し、

これからはいよいよプロのオペラ歌手として活躍を期待されるが、

厳しい世界であるだけに、今後もたゆまぬ研鑽を怠らずに

前進して欲しい。

災害時における音楽家の役割

この10日間、痛ましい映像を目の当たりにして、

言葉もない。

普通の生活をしていた善良な人々が、

なぜこんな目に遭わねばならぬのか。


社会の不条理なら人間の責任だが、

自然現象の不条理は誰の責任なのか。


神の仕業であるなら、

私は神を憎む。


あるサイトで私は、

危険な状況が一段落すれば、

音楽家は楽器を携えて被災地に赴き、

慰問演奏を行い、

傷付いた人々の心を癒してあげて欲しい、と書いた。


即座に反論があった。

音楽なんかやってる場合か。

いま必要なのは食料だ毛布だ薬だ。

慰問演奏?独善だ自己本位だエゴだ。

被災者をバカにしてるのか。・・・etc


人々の意識の中の、音楽軽視、音楽家蔑視の感情が顔を

覗かせる。

音楽は、平和で静かな日常の余暇に、余技でやるものであり、

非常時には何の役にも立たず、存在価値は無いと。


果たしてそうだろうか。

私にはそうは思われない。

音楽には大きな癒しの力があると信じている。


第二次大戦が終わった時、ヨーロッパのある都市では、

廃墟の瓦礫の中から、まず最初にしたことは、

オペラハウスの再建だった。

人間は、何も無い悲惨な状況の時ほど、

心の癒し、潤いを求めるものなのだ。

音楽家には、それに応える義務があると思う。



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奄美豪雨被災地に、大島高校吹奏楽部が慰問演奏  2010・12・03