日本人は何でもかんでもすぐに信じてしまう節がある。

スピ系だのニューエイジだのメディアだの教育だの。。。

嘘ばかり聞かされているせいで、本物の神を知らないからだ。

 

人間がつくった神は神ではない。偶像だ。

神々は神ではない。悪魔悪霊だ。

スピ系の信じる宇宙のエネルギー、光とやらは悪魔から来ている。

宇宙人は悪魔だ。

全世界をつくった神以外は偽物である。

 

もうすぐ世界が終わろうとしている今こそ

本物の神を知るべきである。

さもないと騙されたまま地獄行きになってしまうからだ。

 

 

コロナ禍でお客さんが来ないと嘆いていても仕方がないので

滅多にない良い機会だということにして思い切って休み

ここ数ヶ月は気になる映画を見たりしている。(ずっと休んでいるわけではない)

U-NEXT1ヶ月無料視聴できたのでたくさん見た。

 

その中から、オススメの作品を3つ紹介する。

神とはどういう存在なのか

本物の神はどのような方なのか

これらを見れば、よくわかるようになるだろう。

 

 

 

1. アメイジング・ジャーニー ~神の小屋より~

アメイジング・ジャーニー ~神の小屋より~

この映画は良すぎて夫婦ともに気に入り、

U-NEXT無料期間中に2回も見てしまった。

 

まずサムネにもなっている少女ミッシーが可愛すぎて反則である。

こんな可愛い子を理不尽に失えば、誰でも主人公の気持ちは共感できるだろう。

 

神がいるなら何故こんな悲劇が起こるのか!?

神はなぜ悪人を裁かずに放置しているのか!?

 

このような疑問を持つ人も多い。

このような思いに長年囚われている主人公の気持ちもよくわかる。

 

しかしこの映画を通して、

三位一体の神がどういう存在なのか、

 

父なる神、子なる神、聖霊なる神は

それぞれ違う性質でありながら同じ唯一の神であるということ、

時間も空間も超えて存在することができること、

神は決して悪を行わず、いついかなる時でも善なる存在であること、

 

また全てを知っていながらも人との関係性を最重要視していること、

コントロールするのではなく話し合い、対話する関係性を求めていること、

全ての人間を愛してやまないこと、

 

等がわかる。

 

人間には自由意志があり、その選択の結果として、この世界にはが存在する。

神が悪を行なっているわけでも、放置しているわけでもない。

神は全ての人間が悔い改めることを忍耐強く待っているのだ。

 

そのことに気づき、神との関係が回復されると人生は変わる。

 

 

神の小屋 (Forest books)という本を以前買って

読み途中のまま押入れに入れっぱなしになっていたのだが

この映画はこの本が原作であったようだ。

 

この映画がとても良かっただけに

改めて最初から読みたくなった。

 

 

 

 

2. 神は死んだのか

神は死んだのか

実際にアメリカで起こったことを映画化したらしい。

絶対に神はいないと言い張る頭脳明晰な大学教授と

神はいないという嘘はつけないクリスチャンの主人公による激しい議論である。

 

初めは講義に参加する全ての生徒が「神はいない」に賛同していたが

主人公のプレゼンにより、次第に神はいるのではないかと思うようになる。

 

神を信じている人が見れば、全てが導きだとわかるように描写されている。

神はあらゆることを通して人間を導くことができる存在である。

信じない人が見れば「ただの偶然」だと思うかもしれないが、

現実に働く神の力は、このように働くことが多いからだ。

 

理屈が欲しい人には理論で説明があり、

導きが欲しい人にも不思議な神の奇跡の描写がある。

とても良い映画である。

 

全ては偶然と言って切り捨てるのか

神はいるのかと疑問を持ち探っていくのかでは

この先の人生は大きく分かれていく。

 

映画を通し、自分がどう結論を出し、どのように生きるかを決めてほしい。

賢明な判断ができることを願う。

 

 

 

3. イエス・キリストの生涯

イエス・キリストの生涯

様々な専門家によって多角的に検証された、
イエスキリストについてのドキュメンタリーである。
イエスと関わりのあった8人の目から通して見たイエスがリアルに描かれる。
 
また、当時の時代背景、歴史、文化をリアルに描いている。
日本人には馴染みのない光景なだけに、知らない人は見て欲しい映画である。
(本当は十字架は横の棒だけ担がされたとか、食事は寝て食べていたとか
 細かい違いはあれど十分に参考になる映画である。)
 
最後にちらっと言われていた情報なのだが、
初代カトリック教皇はべテロと言われているが
 その頃書き送られた手紙にはペテロの名前はなかった
ということであり、ペテロが初代カトリック教皇だったというのは偽りだとわかる。
やはりカトリックは初めから偽りであり、
本物から分派した悪魔教だということがわかる。
 
ローマ・カトリックと言うだけあって、
かつて世界統一を目指していたローマ帝国は
再び世の終わりに世界統一政府の実現を目指して動いているのだ。
 
ローマ帝国はユダヤ人を迫害しイエスキリストを殺したが
世界統一政府は全世界のキリスト者を処刑する。
 
反キリストは初めは偉大な人物のように見え、平和を唱え、
あたかも本物のキリストのように思えるだろうが
すぐに化けの皮は剥がれ、大勢の者を殺していくことになる。
甘い言葉で全世界を惑わしているが、騙されてはいけない。
 
反キリストの不法の秘密の力はすでに働いている。
目を覚まして見極めなくてはいけない。
'そして、あなたがたが知っているとおり、彼が自分に定められた時になってから現れるように、いま彼を阻止しているものがある。 不法の秘密の力が、すでに働いているのである。ただそれは、いま阻止している者が取り除かれる時までのことである。 ' テサロニケ人への第二の手紙 2:6-7 https://my.bible.com/bible/81/2TH.2.6-7
 
彼を阻止しているもの、阻止している者
それはであり聖霊のことである。
しかし神は偏在であり、時空を超えて存在することができる。
その神が取り除かれるということはどういうことか。
 
それは聖霊が内住するキリスト者がこの世から取り除かれるということ、
つまりキリスト者が携挙されるということである。
 
反キリストを阻止している者、
つまりキリスト者携挙されることにより反キリストは現れる。
その後、大患難時代が始まるのである。
 
 

 

どんどん世界が終わりに近づき、悪の色が濃くなってきているが、

今はこれでもまだ恵みの時と言われている。我ら異邦人の救いの時である。

そのことに気づき、イエスキリストを信じて悔い改めなければ大患難時代に取り残される。

大患難時代は今とは比べ物にならないほど、過酷で恐ろしい時代である。

悪魔サタンがやりたい放題となり、また不信者に対する神の怒りが吹き荒れる時代でもある。

 

この恵みの時代はもうすぐ終わり、キリストが本物の信者(花嫁)を迎えに来る。

神の怒りでもある大患難時代からキリスト者を守るためにも天国に迎えるのである。

世界から一瞬にしてキリストを信じる者達が消える。それを携挙という。

 

キリスト者は神の怒りの大患難時代を通過しない。

神の怒りは不信者や眠っている花嫁に対しぶちまけられる。

 

いつ起こるかわからない携挙。明日かもしれないし今かもしれない、

来月かもしれないし来年かもしれない。それは誰も知らない。

しかしどうか、その時までに間に合うように、準備をすることを強くすすめる。

 

 

<参照> (自分で調べる必要がある。救いは自分自身の問題だからだ。)

聖書 新改訳2017 (偽りの聖書もあるので要注意。オススメは新改訳聖書である。)

終末を生き抜く術(自分で聖書を読むことと祈ることが何よりも重要かわかる動画)

参考になるYouTubeチャンネル(できる限り正しい情報を様々な所から取るべきである)

 

<信じて救われるための動画>

 

※もしこのブログが見れなくなったら削除されたと思っていい。私が自分で消すことはしない。