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Valentine Day Novelette with 折原夏輝②
***
「何かあったのか? かなんが泣いていたようだが」
ひとり打ち合わせを終えて戻ってきた春が、控え室に入ってすぐに3人に問い掛けた。
「あー、うん…。
あ、これ、姫から。 春の分な」
「…ああ、バレンタインか。
で、かなんは―――」
「―――だからって何も拒否しなくてもよかっただろ!?」
控え室の真ん中で、激怒した様子の冬馬が夏輝につっかかるようにして叫んだ。
夏輝は項垂れたまま沈黙している。
春は、その様子から彼女が泣いていた理由が何となくわかった気がした。
「好きな子から本命じゃないモン受け取りたくない気持ちは何となーくわかるけどな、あの状況で断るのはかなんちゃん傷つけることだってわかんねぇお前じゃないだろーが!」
「……っ…」
激昂する冬馬の肩を抱き、重くなりそうな雰囲気を打破するように軽い調子で秋羅は口を開いた。
「はいはい、冬馬は熱入り過ぎ。 夏輝もナーバスになり過ぎだって」
「あれじゃ、姫が…!」
「んー、確かに可哀想だよな。
あれ、夏輝への本命だったと思うぞ?」
「―――え?」
「見た目同じだからわかりづらかったけど、バッグから取り出すとき、何か確認しながら出してたからな。 しかも、やたらと緊張してたみたいだし。
周りに気ィ使う子だから、ラッピングだけは同じようにしたんじゃねぇの?」
「!」
「え、マジ?
つか、秋羅、よくそんなこと気付いたな?」
「お前らが疎すぎんだよ」
「だとよ! ほら、つまんない意地はって姫泣かせんじゃねーよ!」
秋羅に指摘され、冬馬に背中を叩かれて、夏輝ははじけるようにして部屋を飛び出した。
彼女を追いかけるために。
「まったく、回りくどい二人だよな」
「二人揃って不器用すぎるのは確かだな」
「でも…オレら失恋決定ってことだよな……」
「失恋って年でもねーだろ」
そんな呟きと、仲間の優しい眼差しに見送られながら。
***
スタジオを飛び出し、ひとり歩く街はバレンタイン・デー一色で、恋人たちは幸せそうに寄り添っている。
そして、私のように一人で歩いてる人も何故か、みんな嬉しそうに見える。
「あーあ、やっぱり振られちゃったかぁ……」
行き先がなくなったチョコをバッグにしまったまま、私はとぼとぼと歩いていた。
インディーズ時代のマネージャーさんであったミヨさんとの思い出は、今でも夏輝さんの心の中で大部分を占めているのだろう。
だからこそ私からのチョコは受け取れないんだと、そんなことに今さらながらに気付き、胸の奥が苦しさで疼いて泣きたくなってくる。
ただ、少なくとも、感謝のしるしとしてなら受け取ってくれるだろうと思っていた。
緊張のあまり、用意していたたくさんの言葉は吐きだすことは出来なくて、結局は感謝のチョコであることを告げることしか出来なくて、その結果が―――。
「―――あれ?」
十数分ほど前のやりとりを思い出して、何となく疑問が生じる。
夏輝さんは「それなら受け取れない」と言った。
『それなら』の『それ』って他の方への感情とと同じものであるのなら…と言うことだろうか。
「まさか…ね」
振られてしまった現実を認めたくなくて、事実を捻じ曲げたくて、思考が自分の都合のいいように回りはじめているのか。
「……うん、きっとそうだよ…。 バカだな、私…」
そう自嘲しながら歩み始めた時だった。
遠くで私の名前を呼んでいる声が聞こえた。
その声は大好きな人の声のような気がして、私は歩みを止め、周りを見渡す。
だけど、その人は私のコトなんて―――。
「あ…」
「かなんちゃん! 待って…!」
その声の主は、私に向かって駆け足で走ってくる。
今度はハッキリ聞こえた声に胸の奥が甘く疼く。
「夏、輝…さん……?」
「―――ごめん!」
目の前に立った彼は開口一番そう言って頭を下げたけれど、その意味を計り知れなくて、面食らってしまう。
「どうして…」
「え…いや、かなんちゃん傷つけたし…」
「いや、とにかく、頭上げて下さいっ。 注目浴びちゃってます!」
通り過ぎる人たちが私たちに視線を注ぎながらも不思議そうな顔をしていた。
こんなところにJADEの夏輝さんがいることがバレたらそれこそパニックだ。
私はとりあえず彼の腕をとって、すぐ脇の少し狭い道に入りこんだ。
路地を抜けた先には公園があったことを思い出して、とりあえずそこに向かった。
公園の中は誰も居なくて、ここなら話が出来るはずだ。
「あの…」
「本当に、ゴメン…。 オレ、自分のことしか考えてなくて、かなんちゃんのコト傷つけたね……」
戸惑いの表情からはその先を推測することが出来ない。
ただ、チョコを受け取れないことをきっちりと謝られたら、もうこれから先は一緒に居られない気がする…。
だからこの件に関しての夏輝さんの謝罪の言葉はもう聞きたくなくて、私は俯いて耳を塞ぐ。
「かなんちゃん…」
「もう、いいです…何度も謝られたら、さすがに……」
じわりと浮かんでくる涙と、再び痛みだした心で身体が震えだす。
もうこの場から逃げ出したかった。
夏輝さんは優しいから、控え室から飛び出した私のことが気になって探しに来てくれただろうことは想像できたけれど、いまはそれさえも残酷なことなのに…。
そして、夏輝さんは沈黙を破る。
「さっき、渡そうとしてたそれ…本命と思っていい…?」
「―――え?」
思いがけない言葉に思考回路が一時停止する。
「図々しいお願いだけど…オレの勘違いかもしれないけど…それが本命なら……」
続けられた言葉に思考回路が再び動き出し、だけど言葉を発することが出来なくて私はコクコクと頷いて肯定する。
「よかったぁ…」
夏輝さんから零れたそんな呟きが聞こえたあと、気がついたときには私は彼の腕の中にいた。
「!」
「―――ありがとう…。 追いかけて良かった…」
ギュッと抱きしめる腕と安堵したように吐きだされた言葉に、張りつめた糸が切れたのか、幸せな涙が込み上げてくる。
縋りつくように彼の背中に腕をまわし、今度は嬉しさの中で嗚咽した。
そんな私の背中を夏輝さんは優しく撫でてくれて…。
「かなん…」
優しい声で囁くように名前を呼ばれたあと、頬に大きな手のひらが添えられて上を向かされる。
いはま涙でぐしゃぐしゃになった顔が恥ずかしいとは思わなかった。
目を伏せて近づいてくる、夏輝さんの顔。
予想される未来に私も目を閉じる。
「大好きだよ…」
唇が重なる直前で囁かれた言葉。
その言葉で周りの音は何も聞こえなくなる。
降りはじめた雪の中、紡がれた言葉が吐息となって唇をくすぐると同時に口づけられて。
夢なら覚めないでと願わずにはいられなかった―――。
~ end ~