その日の仕事を終えて帰るとき、正面からやってきた人が片手を上げて軽く挨拶してくれた。
実力派俳優と呼ばれている白鳥隼人さんだ。
「大変だったな、京介。 ケガはどうなんだ?」
『虹色クローバー』で共演して以来、私と京介くんのことをなにかと気にかけてくれる。
ただ隼人さんには京介くんの記憶のコトは言っていない。
彼から情報が洩れることはないのはわかっていたけれど、ご家族とwaveのメンバー、そして事務所だけでしばらくは様子を見ようとなっていた。
「…まだ復帰は出来ませんけど、順調に治っていってるとお医者さまが」
「その割には、お前、元気なくないか?」
「え……」
私の様子を不思議がる隼人さんに、なんとか笑顔を作って「気のせいですよ」と返す。
「…そうは見えねぇけど…。
今期ちょっと忙しいからすぐには行けないけど、時間見つけて見舞いに行くっつっといてくれな。
お前も仕事と看病で大変だろうけど、頑張れよ」
「はい、ありがとうございます…」
短い会話を交わして、スタッフに呼ばれた隼人さんとはその場で別れた。
お見舞いに来てもらっても、その時点で京介くんの記憶が戻っていなければすぐにバレてしまう。
ただ真剣に心配している人に対して来るなとは言えるわけがない。
もっとも、この件に関しては私の一存では決められることではないので、SAYAさんに相談することにした。
(そういえば、今日はご両親と来るって言ってたな…)
私が夜までお仕事だということは伝えたときに、面会時間が始まる頃には来ると言っていたことを思い出す。
山田さんに手配してもらっていたハイヤーに乗って、私は京介くんの病院へと急いだ。
混雑する街を抜けて、京介くんの病院に着いたのは面会時間があと30分で終わる頃だった。
渋滞に捕まってしまったため、かなり遅れてしまった。
「ありがとうございました!」
送ってくれた運転手さんに挨拶をし、洗濯物などの荷物を抱えて彼の病室に向かう。
ナース・ステーションで面会の手続きをし、特別病室への廊下を急いで歩く。
そうして辿りついた彼の部屋からは、笑い声が聞こえてきた。
(waveの誰かも来てるの…?)
昨日の時点では確かまだwaveのメンバーのことしか思い出してなかった。
だから、笑い声が聞こえるということからそう思ったのだけど…。
中にいたのは、ご両親とSAYAさんご夫婦、そして姪っ子の広海ちゃんだけで、waveは誰も来ていなかった。
「あ、海尋ちゃん!
ね、京介の記憶、いつ戻ったのよ!」
ドアを開けて私を認めたSAYAさんがにこやかにそう言い、ふと見るとご両親も嬉しそうにしている。
この様子から、京介くんのご家族の記憶が戻ったのを知った。
いつの間にか記憶が全て戻ったのだと喜んでいたのだけど―――京介くんは私の顔を見るなり、いつもの戸惑いの表情を浮かべる。
「ホント、海尋ちゃんのおかげよ! 世話押し付けて申し訳なかったけど、ありがとう!」
その言葉に私は曖昧な笑みを浮かべることしか出来なかった。
「……海尋ちゃん…?」
「あっ、あの、ごめんなさい、今日はまだお仕事があって…っ」
心配そうに見るSAYAさんに、私は持っていた荷物を押し付けるように渡して病室を飛び出した。
waveのみんなを思い出した時と同じく、私よりもご家族のことを思い出すのは当然だと思ってはいる。
だけどそれなら、私のコトも同時に思い出してほしかった。
その願いが自己中心的だとしても、一緒にいる時間が長くなってきた今、そう思わずにはいられなかった。
私が京介くんの中では一番だったのなら、彼は最初に思い出してくれてたはずだ。
だけど、そうじゃなかった現実を目の当たりにして負の感情が生まれる。
私は客待ちをしていたタクシーに乗り込み、マンションへの帰路についた。
―――全身を嫉妬という醜い感情に侵されながら。
~ to be continued ~