「とはずがたり」 ~散歩ブログ~ -59ページ目

船中からのラストメッセージ

 ブレイクタイム ~散歩しないで休憩~

 それほど期待するでもなく観た“海猿-ザ・ラストメッセージ-”に感動して、1作目も観たくなってDVDを借りました。海の中で、船の中での人間ドラマを、こんなにも感動的に作られた映画があったんだと、改めて日本映画を見直しました。

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 要所要所に出てくる“バディ”にも涙線をゆるませること度々。一番の涙線うるうるシーンは、主人公“仙崎大輔”を助けに海底に向かう仲間を、海面から射し込むきらきらの中に見た時です。仙崎は仲間を信じているし、仲間は仙崎が自分たちを信じていると思うから迷うことなく助けに向かう。そこに互いの無言のメッセージがあります。脚本は“龍馬伝”と同じ福田靖さん。船中からのメッセージでした。

【今週の龍馬伝 43 / 48回】

 武市半平太、吉田東洋、高杉晋作ら、彼らから学び、彼らの遺志を継いで龍馬が書き留めた8つの政策。それが“船中八策”だった。後藤象二郎を動かし、薩摩を動かし、中岡慎太郎を動かした。名もなき若者たちが日本を動かそうとしていた時代だった。

仕事しないで、なに遊んでんだって話です

 仕事の合間に気分転換する方法としてゲームをします。スタートラインのメンバーと一緒にランチをとり、次の訪問先まで少し時間があったのでお茶をしていました。満足げに“iPhon4”取り出すメンバー。その中につい意地になってしまうゲームがあります。“ガンダム”に並んだ、あ、いやランダムに並んだ「1」から「25」までの数字を順番に消していくだけのゲームですが、そのシンプルさが面白く、意地になって秒数を競うのです。

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 中学生の頃に流行した“ルービックキューブ”を今でも時々やります。指が覚えていて6面を作ることができます。すごいですか?(^.^) 大流行した当時、アンチョコも出回って誰もが6面に挑戦していました。友達ができるならと自分も意地になって覚えました。パソコンで疲れた手首の運動と頭の体操のつもりで、何度か繰り返して6面を作ると気持ちが切り替わってすっきりした気分に。
 支援先のエンジニアの一人に将棋が得意な方がいます。数ヶ月前から一局対戦しましょうと約束していたのですが、やっと実現しました。今や将棋も“iPad”の時代です。社長のiPadをお借りしていざ決戦!タッチパネルに指をなぞって駒を動かす感じが何とも言えず、難しい。思った駒を動かせずに一手ミスを。でもiPadは“待った”を許してはくれません。メンバーも見守る中、このまま負けては恥ずかしい。と思った瞬間、相手もミスパッド。そこからはこちらの展開へ。勝ちました!

日中友好担当ベンチャー生誕の地

 東西線の早稲田駅は学生街でした。信号待ちする学生や通りを行き交う学生に圧倒されながら、歩いた記憶のないこの街で新鮮な感覚を味わいました。隣り合う“神楽坂”は大好きな街の一つ。民家を改造した隠れ家的なお店でゆっくり食事をする。仕事の後の“ホッと”スポットです。学生と大人が共存する街“早稲田”を散歩しました。

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 ここ早稲田は“夏目漱石”生誕の地でもあります。1867年1月5日にこの地で生れます。そしてそのちょうど100年後の1967年1月3日に私が生れます。だからなんだって話ですが・・・。生誕の地の石碑が建てられている場所は、今は牛丼屋さんになっています。せっかくなのでこちらでお昼を頂きました。だからなんだって話ですが。
 牛丼屋さんの前から長く続く坂を“夏目坂”と言うそうです。夏目漱石のお父様が坂の名をつけたと、漱石の随筆“硝子戸の中”にあり、更にこの町の名もお父様が付けられたそうです。夏目家の家紋が“井桁に菊”であることから“喜久井町”と付けました。
 大変お世話になっている“イケメン”キャピタリストからご紹介頂き、早稲田大学発ベンチャーの社長にお会いしました。今から10年前、早稲田大学に中国語教育を研究する機関が設立されます。その中心的存在として活躍されたM社長は、今も中国と日本の友好関係を築く貴重な役割を担っておられます。学生による反日デモが起きている中国にあって、積極的にコミュニケーションをとり、絡まった理解を解きほぐそうとする行動力のある日本人の役割に頼りたい気持ちがあります。如何にビジネスをするかではなく、世界に向けた強い思いがビジネスにつながる、そのプロセスに期待したいと感じました。

勝たぁ~!

 ブレイクタイム ~散歩しないで休憩~

 やたぁ~!!!うれすぃ~!!!巨人がファーストステージを制した。2戦連勝。みごとなチーム力だった。クライマックスシリーズ直前で1軍に戻ってきた“亀井”おかえりぃ~!待ってたよ!“高橋由伸”の一発で巨人が生き返った。滞空時間がやや長かったが、打った瞬間にホームランだと分かる打球に思わず手を打った。このホームランで1点差に詰め寄り、巨人は息を吹き返した。

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(写真:読売巨人軍公式ホームページから。左は亀井選手、右は小笠原選手)

 亀井がボールを良く見てフォアボールで出塁すると、やっぱり頼りになる“小笠原”の2塁打ぁ~!つづくホームラン王“ラミレス”が二人をホームに返すタイムリーで大逆転!“越智”“山口”の安心感のある投手リレーで抑え、優勝したような喜びだった。

【今週の龍馬伝 42 / 48回】

 海援隊が紀州藩に勝った。日本で最初の蒸気船同士の事故を、弱い者の泣き寝入りのような形でうやむやにはできない。将来同じような事故が起きれば、判例として引き合いに出される。龍馬は世界標準のルールでこの事故を裁こうとしていた。共通の解決方法、それが、龍馬が紀州藩にさし出した「万国公法」だった。

100年続くわけ

 10月から新年度を迎えた支援先にて。9月の実績を観察しながら、今月10月中盤までの状況を確認した。芳しくない。前期までとは違い、今期は予実管理もしっかりと精度を上げていなければならない。今のままでは初月から予算割れとなる。見通しの甘さ、営業力の弱さが露呈している。さぁ、どうする“スタートライン”の支援力。

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 人形町と言えば、“玉ひで”で親子丼を食べ、“魚久”で粕漬けの切り落としをお土産に買い、いつか食べに行きたいなと指を噛みながら“今半”を通り過ぎ、“甘酒横丁”に入ると、たい焼きの“柳屋”の行列に癒される。人形町には名店と言われるお店がたくさん軒を連ねる。50年、100年、中には江戸時代から続く老舗がある。続くのは何故だろう。どうしたら50年、100年とお店を維持できるのか。
 お客様が少ない日もあっただろう。100年間ずっと行列があるわけではないだろうな。何がきっかけになるかは経営者にも分からないんだろう。でも、きっといろいろやってみるんだろうな。一つの親子丼に命をかけたんだろう。何度も何度も酒粕の量を加減して一番を見つけたんだろう。肉を精選して、美味しいと思って頂ける相性のいい割り下の味を作り出したんだろう。鯛の形にこだわって、口に入れた時の触感やアンの甘さとのバランスにお客様の喜ぶ顔が見えたんだろう。試行錯誤を繰り返して行きついた味とサービス。今度はその品質を維持するために、次の挑戦を続けているんだろうな。