人間は平等ではない | すかいうの自分哲学

すかいうの自分哲学

自分なりに編み出した哲学

特にオチなどない
意味もないかもしれない
自己満足で書いている

この世は不公平で残酷だ。

どんなに頑張っても、努力しても、
そこに能力や実力が伴わなきゃ認めてもらえない。

「実力のある人間は努力してる」という方程式はわりと簡単に成り立つんだろう。

でもその逆の場合、それが必ずしも成り立つとは限らない。

なぜなら、
才能も、適性も、得意不得意の分野も、脳みその容量も、IQも、センスも、吸収力も、環境も、人によって千差万別だから。

それらに恵まれるかどうかは、ほぼ運の問題だ。

つまり、残念で残酷なことに、
「どんなに努力しても実力が伴わない」という事態は起こり得てしまう。

さらにもっと残酷なことを言えば、
たとえ誰よりも努力していたとしても、実力が伴わないせいで努力が足りないと見なされてしまうことさえ、起こり得てしまう。

これは個人的な見解だけど、そう見なす人はこの世にはわりと多い印象がある。

この世は残酷。

それでも、それでも、

私は努力することをやめようとは思わない。

努力している自分と、
努力していない自分を比較した時、
どっちが力を蓄えられているか、
それぐらいはわかってるつもりだから。