保健室の中は電気が付いてなく、直前まで私がいた教室と同じように薄暗かった。
その中で人の形をした輪郭だけが動いている。
(一人……?)
人影が動くたびに、長い髪が揺れているのがぼんやりと見てとれた。
女の子がどうしてこの時間にここにいるのか、いやそもそも女の子なのか、あるいは人間ですら……?
考えなくてもいいことをグルグルと考えすぎて、意味もなく息を潜めてしまう。
そうしているうちに、私の耳に息遣いが聞こえてきた。
私のものではない、おそらく中にいる子のもの。しかもそれは荒く、どこか息苦しそうに感じる。
もしかして具合が悪いのかもしれない、そう思った私は、勇気を振り絞って声をかけようとした。
でもその直後、出かけていた声は止まった。息も、鼓動すらも止まりそうだった。
私の後ろから光が差し込んできた。
それは窓の向こう、校舎の別の棟の明かりが灯ったものだった。
誰がどんな用事で付けた明かりかは分からない、本当に偶然の出来事。
その光は私を飛び越え、本来照らすはずでなかったものまではっきりとその姿を示す。
露わになった人影は確かに人のもので、女の子のものだった。
……しかし一人ではなかった。
そこにいたのは二人だった。
二人は向き合って顔と顔をくっつけていた。
違う、そんな表面的なことなわけがない。
私の目に移った二人は唇と唇を重ねていた。
キスを、していた。
でも私を震え上がらせていたのはただそんな行為を見てしまったからではなかった。
それをしていたのは女同士だからで。
なぜ分かったのかというと二人とも髪型が女性のものだったからで。
そのうちの一人が私のクラスメイトの鈴森霧子(すずもりきりこ)で。
なぜ分かったのかというと彼女がキスをする相手の肩越しに私をじっと見ていたからで。
「…………っ!」
頭の中が真っ白になる。
ただ一つ、ここにいてはならないという思考だけが私を校舎の外まで突き動かしていた。
校門を出て、角を三つも曲がったところでようやく私は足を止める。
服がちぎれてしまうのではないかと思うくらい、胸を強く押さえつける。
動悸がはち切れそうなほど早いのは、きっと走ったからだけじゃない。
あの時私を射貫いた霧子の冷たい瞳が、いつまでも脳裏に焼き付いていた。
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