あの空へ、いつかあなたと -13ページ目

あの空へ、いつかあなたと

主に百合小説を執筆していきます。
緩やかな時間の流れる、カフェのような雰囲気を目指します。

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保健室の中は電気が付いてなく、直前まで私がいた教室と同じように薄暗かった。
その中で人の形をした輪郭だけが動いている。

(一人……?)
人影が動くたびに、長い髪が揺れているのがぼんやりと見てとれた。

女の子がどうしてこの時間にここにいるのか、いやそもそも女の子なのか、あるいは人間ですら……?
考えなくてもいいことをグルグルと考えすぎて、意味もなく息を潜めてしまう。

そうしているうちに、私の耳に息遣いが聞こえてきた。
私のものではない、おそらく中にいる子のもの。しかもそれは荒く、どこか息苦しそうに感じる。

もしかして具合が悪いのかもしれない、そう思った私は、勇気を振り絞って声をかけようとした。
でもその直後、出かけていた声は止まった。息も、鼓動すらも止まりそうだった。


私の後ろから光が差し込んできた。
それは窓の向こう、校舎の別の棟の明かりが灯ったものだった。

誰がどんな用事で付けた明かりかは分からない、本当に偶然の出来事。
その光は私を飛び越え、本来照らすはずでなかったものまではっきりとその姿を示す。

露わになった人影は確かに人のもので、女の子のものだった。
……しかし一人ではなかった。

そこにいたのは二人だった。
二人は向き合って顔と顔をくっつけていた。

違う、そんな表面的なことなわけがない。

私の目に移った二人は唇と唇を重ねていた。
キスを、していた。

でも私を震え上がらせていたのはただそんな行為を見てしまったからではなかった。

それをしていたのは女同士だからで。
なぜ分かったのかというと二人とも髪型が女性のものだったからで。
そのうちの一人が私のクラスメイトの鈴森霧子(すずもりきりこ)で。
なぜ分かったのかというと彼女がキスをする相手の肩越しに私をじっと見ていたからで。

「…………っ!」
頭の中が真っ白になる。
ただ一つ、ここにいてはならないという思考だけが私を校舎の外まで突き動かしていた。

校門を出て、角を三つも曲がったところでようやく私は足を止める。

服がちぎれてしまうのではないかと思うくらい、胸を強く押さえつける。
動悸がはち切れそうなほど早いのは、きっと走ったからだけじゃない。

あの時私を射貫いた霧子の冷たい瞳が、いつまでも脳裏に焼き付いていた。


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一目ですぐに分かった。
これは見てはいけないものだ、と。




日が落ちかけた薄暗い夕暮れ時。
下校する生徒の数もすでにまばらで、夕闇に染まりつつある廊下は不気味なほどの静寂に包まれていた。

今は試験期間で部活はないけど、その部活だってとっくに終わっている時間。
私自身、普通はこんな時間に学校にはいない。
でも家に帰ることができなかった。とても単純な、あるいは間抜けな理由で。

……鍵を忘れたのだ。こともあろうに教室の自分の机の中に。

一つだけ褒めることがあるとすれば、忘れた場所と経緯をちゃんと覚えていたことだ。
『チサ、これあげるー!』
友だちの有希が休みに彼氏とテーマパークに行ったらしく、お土産に私が前から欲しいと言っていたキャラクターのキーホルダーを買ってきてくれた。


ちなみにチサというのは私のあだ名だ。早川千紗季(はやかわちさき)の名前の最初の二文字をとってチサ。


欲しかったものをもらえて嬉しかった私はすぐに家の鍵にそれを付けた。しかし、それを鞄に戻さずに、机の中に入れてしまったのだ。
後でもう一度見ようと思ったのかもしれないが、あまりに不用心なことだったと反省する。
果たして鍵はしっかりと机の奥で眠っていた。ひとまず安心して鍵を鞄の中に入れる。確かに。


さっきはまだ山の間から顔をのぞかせていた太陽も沈み、残光すら消えつつある。
安心と同時に薄気味悪さが芽生え始めてきた私は、すぐに学校を出ようと思った。

でも教室を出て階段へ向かう途中、人の気配を感じて足を止める。
その場所は私の教室から2つ離れた部屋、保健室だった。


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