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誰かを深く愛した分、失ったときの心の傷も深いと誰かが言った。
ならばきっと愛とは鋭利な刃だ。
突き刺さった刃が抜け落ちた時、後に残るのはただの空洞。
愛したという思い出を強さに変える人もいるだろう。
でも心に傷を抱えて、それでも私は生きていける自信があるだろうか。
私は、この心が傷つくことが怖い。
たまらなく、この上なく、どうしようもなく、怖い。
――――保健室での出来事から約1時間前。
「大丈夫だって、すぐにいい人見つかるよ」
そう言って私は目の前にいる里穂にハンカチを差し出す。
彼女はそれを無言で受け取り、目元から頬を伝う涙を拭いた。
綿でできた厚手のハンカチは、微量の液体を事もなげに吸い取る。
私はそれをただ黙って見つめていた。
なんてことはない、恋人と別れたという話を聞いていただけ。
試験休みで部活のなかった私は、特に何の考えもないまま帰り支度を整え、家路につこうとしていた。
そんな時、里穂に呼び止められたのだ。
里穂は有希と一緒で、仲のいい私の友だちだ。
学校でもよく話をするし、放課後遊ぶこともしょっちゅうある。
けどその日の彼女の様子は、いつもと違っていた。
落ち着いたのか、里穂はテーブルの上に置かれた紅茶を一口飲んだ後、大きく息を吐いた。
「……ありがと、もう大丈夫」
「無理しなくていいよ?」
「ううん、ほんとに平気。なんかスッキリしたし」
もう一度お礼の言葉を言いながら、里穂は私にハンカチを返した。
目元は赤く腫れていたが、確かに瞳は明るさを取り戻していたようだった。
「ふーっ。なんかもういいやー早くこの傷を癒してくれる人探さないとね」
「…………うん、それがいいよ」
彼女から受け取ったハンカチを握りしめたまま、私はそう答えた。
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