傷は抱えたままでいい 35 | あの空へ、いつかあなたと

あの空へ、いつかあなたと

主に百合小説を執筆していきます。
緩やかな時間の流れる、カフェのような雰囲気を目指します。

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思わず右手でリコを庇うようにして身構える。
「だ、誰……!?」
「ちょ……! ちょっと待って待って待って! 待ってって!?」
暗がりで姿は判別できないが、その声色は確かに男のものだ。
でも慌てふためいたようなシルエットと言葉は、私の抱く不安とはかけ離れたもののように思えた。

少しずつ、まるで猛獣を前にするリアクション芸人のような奇妙な足取りで私たちの方へ向かってくる。
「あのさ……君さっきコンビニの前を通った子だよね?」
「……はい、そうですけど……」
「い、いやいやいや! 別に怖がらせたいんじゃないんだよ!?」
何故見ず知らずのこの男がいきなり話しかけてくるのかという警戒心はあった。でもそれ以上に、私たちを怖がらせまいとするあまり完全に腰が引けた姿を見ていると、どこか滑稽ささえ感じてしまう。

「こ、これ……落としたでしょ?」
そう言って男が差し出した手を見ると、見覚えのあるものがそこにあった。
慌てて制服のスカートのポケットを確認する。案の定あるべきはずのものがそこになくて……

間違いようがない、それにはあのキーホルダーが付いていたのだから。
私が里穂からもらった、あのキャラクターのキーホルダーが。

「はい、確かに私のです……でも、どうして?」
「だから落としたんだって。あそこのコンビニの前を君が歩いているときにさ。声かけたのに走ってっちゃうから慌てたよー」
そうだったのか……あの時の声は私を威圧するためでなく、引き止めるためだったのだ。そうとも知らずにリコと逃げてしまった私を、彼は必死に探していたのだ。

「いや、ごめんよ。声かけたの俺の友だちなんだけど、あいつ声もガタイも大きいからすぐに相手をビビらせちゃうんだ。でもああ見えて気持ちが一番優しくてさ。届けないときっと困るって、自分では怖がらせちゃうから俺に行ってくれって言ったのもあいつなんだよ」
そう言って顎を向けた先には、先ほどコンビニの前にいたグループの男が立っていた。私に気を遣っているのか、精いっぱい身体を縮こまらせているようだった。
「ありがとうございます……あと、ごめんなさい」
「いいって、無理もないさ。……あんな事件が起こってるんだから、警戒するのも仕方ないよ」

「あんな事件って……まさか、知ってるんですか!?」
座っていたリコが立ち上がって、男の方へと詰め寄った。その反応はどこか慌てているようにも見える。
「あ、ああ……俺たち同じ大学のサークルなんだけど、その仲間の子が一人被害にあっててさ。俺たちで犯人とっ捕まえようぜーなんて話してたんだよ。あのコンビニにいたのも、それが理由ってわけ」
「その人は……その人は、今何してるんですか!?」
「いや、今日は用事があるって言っていないけど普通に学校来てるよ。さすがに夜道を一人では歩けないって言ってるからいつも誰かが付き添ってるけど……」
「そう……ですか…………」
そういうと、リコはまたベンチに腰掛けてしまった。その唐突な行動に私は一瞬困惑する。

「……まあ、そういうわけでさ。色々気を付けた方がいいよってのも言いに来たんだ。もう暗いしね、早く帰った方がいいよ」
「はい、本当にありがとうございました」
お辞儀をする私に、男は爽やかな笑顔で手を振って返した。入り口にいた身体の大きな男と合流し、そのまま道を歩いていく。
その姿を見ていると、さっきコンビニで私が感じていた恐怖などは、ただの思い込みだったのだと思う。

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