傷は抱えたままでいい 34 | あの空へ、いつかあなたと

あの空へ、いつかあなたと

主に百合小説を執筆していきます。
緩やかな時間の流れる、カフェのような雰囲気を目指します。

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弱々しく呟くような声でありながら、それでもリコは話を続けた。
「ルイは優しかった……ふさぎ込んでいた私に温かい笑顔を向けてくれた。その温もりが、私に安らぎをくれた……それがただの同情だったとしても、私にはそれがすべてだった」
「北崎さんを保健室に運んだのは、それじゃあ――――」
「ええ、私だけじゃない。他の子たちにとってもルイが安らぎの存在だったから」

包み込むような眼差しと柔らかな微笑み。男子だけでなく女子からの人気も高い先生。
ルイが傷を抱えた少女たちにとって救いの存在であったことは、容易に想像できた。


でもリコ自身が言うように、ルイのしてきたそれは同情とか先生としての責任感といったものによってであったはずだ。
決して愛情、ひいては恋愛対象として相手を見てなどいなかったことだろう。

だがそれではあの時のリコとルイの姿には結びつかない。
暗がりで二人キスをするあの光景は、単なる被害者と相談者の関係を超えたものとしか思えなかった。


「私がルイに迫ったの。同情でも慰めでもいいから、一人の女の子として私を見てって。私の立場を盾にとって、それを弱みにして、ね」
私の疑問を察したのか、なおも続くリコの話。たどたどしくも一歩ずつ噛みしめるように、言葉を紡ぐ。
「結論から言って私の願いは受け入れてもらえたわ。誰に対しても優しいルイの、その中でもより一層の特別な存在になることができたと思ってる」
「……うん、私も同じく思ったよ」
いや、そうであってほしいと思ったという方が正しい。あのキスが単なるリコの一方的な要求と、それに応じるルイの同情によるものだったとは思いたくなかったのだ。
そうでなかったのなら、私の抱く想いは何物でもなくなってしまうから…………

「いまさらだけど……勝手に見て、ごめん」
「本当にいまさらね……今でも、誰にも言ってないのね」
「…………うん」
「すぐに校内に知れ渡ってしまうだろうなと思ったのに」
「……言わないよ。言うはずがない」

思えばそれが私とリコをつなぐ全てだった。
あの時の光景が全ての始まりだった。リコのあの言葉が私の心を揺さぶる全てのきっかけだった。

脳裏に浮かぶ黄昏時の保健室。それを思いながら私は答えた。
「だって、侵しちゃ駄目だって思ったから……誰の手でも、私の手でも……壊しちゃ駄目だって思ったから」
「…………女同士なのにって、言わないんだ……」
「誰かを愛する気持ちに……性別なんか関係ないよ」
「……っ! ……そう、だね」

リコは今にも泣きそうな表情を浮かべていた。
潤んだ瞳を前にして、無意識のうちに視線を逸らす。


すると公園の入り口に一人、誰かが立っていることに気が付いた。
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