(213)NWOBHMこの一曲(その6後編)〈アイアン・メイデン近況〉 | skyp2tの音楽が好き!

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80年〜00年代の邦楽・洋楽が大好き!
いいなと思ってる曲を勝手に紹介してま〜す


ドラマーの

サイモン・ドーソン





ライブメンバーとして

アイアン・メイデン

加入してから


初めてのツアーが

始まっていまして


かなりの

ライブ動画が

YouTubeに上がってきてます


バンドとしては


最近のオーディエンスによる

過剰な動画撮影には

否定的で


今回のツアーでは

スマホが無かった時代の

雰囲気を味わいたいから


ライブ中は

スマホをしまってくれ


と言ってはいましたが


こればかりは

痛し痒しというか


動画を撮ってくれる人が

いないと

地球🌏の裏側で

ライブが観れない

という・・・


ミュージシャンと

オーディエンスの

ジレンマですね


サイモン・ドーソン

かなりいい仕事してます


IRON MAIDEN -

 Murders In The Rue Morgue

(2025.05.27 Budapest)


個人的に

サイモン・ドーソン

ドラム・プレイで


気に入ったライブが

こちら


IRON MAIDEN - The Clairvoyant

(2025.06.1 Bratislava, Slovakia)


1988年の曲

なんですけど

この時期のライブも

かなり良いですね


やっぱり

ニコ・マクブレイン

上手いプレイヤーなんだと

再認識しました



最新の動画を観ていると
思うんですけど

しかし
アイアン・メイデン
メンバー

みんな元気だなあ



前回


クライヴ・バー

バーニー・トーメの2人が


それぞれ紆余曲折を経て


思いもよらず

デスペラードという

同じバンドのメンバーに

なった


という話を

書いたのですが



思いもよらない

メンバーの

邂逅(かいこう)といえば



も出演した


1982年の

レディング・ロック・フェスティバル



なんですが


当初

初日に出演予定だった


ニコ・マクブレイン在籍の

フランス🇫🇷のバンド

トラスト


何故か

突然キャンセル

となり


代わって

アメリカ🇺🇸から

マノウォーが招聘され


ヨーロッパ圏初のお披露目


となるはずでしたが


これまた直前に

キャンセルとなり


更なる代役として


あの

NWOBHMバンド

ダイアモンド・ヘッド


DIAMOND HEAD


登場したそう




そんなフェスティバル

出演バンドの


メンバー達に

驚きの事実が・・・


ー・ー・ー・ー・ー・ー


クライヴ・バー在籍時のアイアン・メイデン


◉後にクライヴ・バーと合流しストレイタスを結成するプレイング・マンティス


◉初代ボーカル、バーニー・ショウが後にストレイタスに加入し、後にマイケル・シェンカーと後にグループを結成する当時の二代目ボーカル、ロビン・マコーリー在籍時のグランプリ


◉後にプレイング・マンティスに加入するゲイリー・バーデン在籍時のマイケル・シェンカー・グループ(この年に発売されたアルバムのボーカルは後にアルカトラスを結成するグラハム・ボネットだったがフェス直前に脱退、加入は出来なかったがクライヴ・バーがデビュー前のアルカトラスにテストで合流していた)


◉アメリカ🇺🇸から後にクライヴ・バーバーニー・トーメとバンド、デスペラードを結成するディー・スナイダー率いるトゥイステッド・シスター


◉そしてバーニー・トーメ率いるバーニー・トーメ・バンド


      ー・ー・ー・ー・ー・ー


このフェスティバル以降


シャッフルされたかのように

バンド・メンバーとなる

関係者達が


濃淡はあれども

イギリス🇬🇧イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿

南部の都市レディング


という

同じ場所に

一堂に集結していたのです




1982年8月



ここが

NWOBHM

というムーヴメント

の最高到達点であり


歴史の転換点

だったような気がします


 


アイアン・メイデン

この

レディングフェス出演後


9月から10月にかけて

スコーピオンズ

ジューダス・プリーストといった

大物バンドと

北米🇺🇸ツアーを行い


その後オーストラリア🇦🇺で

単独ツアーを行った後


11月26日〜12月10日

にかけて


日本🇯🇵の

東京・大阪・名古屋・札幌・新潟


の5大都市で全10公演の

単独ツアーを敢行します


来日時のメンバー(代々木で撮影)



日本🇯🇵での
最終公演となった

12月10日


新潟県民会館


新潟ライブブートのジャケット

当時の記事が載ってます



この時のライブが


クライヴ・バーにとって

アイアン・メイデンとしての

最後のライブとなりました


翌1983年3月2日から始まった

イギリス🇬🇧ツアーからは


既に

ニコ・マクブレイン

ドラムを引き継いでいました


こちらは

クライヴ・バー

脱退1ヶ月前


オーストラリア🇦🇺ツアー中の

11月12日


地元のテレビ局に

出演したときの映像です


IRON MAIDEN - 

The Number of The Beast


非常に安定した

ドラミングと思うのですが・・・




ちなみに新潟公演の

最後の曲は

この曲で締められたそうです


後に

ヴァン・ヘイレンに加入する

サミー・ヘイガー

がいたバンド


(個人的には

ガンマの名ギタリスト

ロニー・モントローズ

がいたバンド)


モントローズ



1974年の楽曲カバー

I've Got The Fire


IRON MAIDEN - I've Got The Fire

※こちらは1982年12月8日札幌公演の音源



この楽曲


1980年5月リリースの

Sanctuary

シングルのB面

ポール・ディアノ/クライヴ・バー

ライブバージョン)


1983年4月リリースの

Flight of Icarus

シングルのB面

ブルース・ディッキンソン/

ニコ・マクブレイン

スタジオバージョン)


と2回公式リリース

されているんですよね



どんだけこの曲好きなんだ

(笑)

って感じですが


オリジナルも

カッコいい曲です



いやー


でも

なんやかんやいっても


やっぱり

ここに

戻ってきちゃうんですよね


この勢い


これが

クライヴ・バー

ノリとキレ


何度観ても凄みを

感じてしまうんですよね


最後にこちらの動画をどうぞ


IRON MAIDEN

Murders In The Rue Morgue

(1982 Live : vo. Blues Dickinson)


それでは!