マイ・ウェイ My Way | SKYのブログ

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オーストラリア、シドニーから

皆様よくご存じの「マイ・ウェイMy Way フランク・シナトラ
ポピュラー・ソング
。 作詞はポール・アンカ


原曲はフランス人のクロードが作曲した、1967年の仏語
の歌「Comme d'habitude (通常のように、いつものように・・)」でしたが・・・・

ポール・アンカが書いた「マイ・ウェイ」の内容は原曲の内容と異なり、死期が近いある一人の男が自らの波乱万丈の人生を回顧し「これまで自分が歩んできた道を決して後悔はしていない」と歌ったものです。


レバノン
系アメリカ人の ポールアンカ はニール・セダカ
と共に、1960年代ポップスの草創期を代表するシンガーソングライターです。

1957年に自分の片思いを綴った自作曲「ダイアナ」"Diana
"でデビュー。その後、「君は我が運命」"You Are My Destiny
"、「ロンリー・ボーイ」

"Lonely Boy
"などのヒットを飛ばして全米で一躍有名になってゆきます。

1974年にフランク・シナトラ
が引退するという噂を聞いて、彼のために「マイ・ウェイ
」を提供します。シナトラの歌声はドスのきいたイタリア

マフィアを連想させる雰囲気を持っていますが、作詞者の ポールアンカ の歌声はどこか素朴で純真な感じがします。

そしてもっとも有名なのは『地上より永遠に』で掴んだ脇役に抜擢され


当時、若手俳優、歌手であったシナトラは“すぐに女に手を出す札付き役者”として余り評判が良くなくてハリウッド作品に出る機会が少なかったのですが次期作品の「地上より永遠に」役者として出して欲しいと、イタリア系マフィアのボスだったサム・ジアンカーナに懇願にゆく場面が、映画「ゴッドファーザー」であったのを覚えている方も多いと思います。 


最終的にマフィアのボス、ジアンカーナが裏で動いて役に抜擢された事はFBIの内部資料でも明白で実際マフィアと深く関わっていたのは事実です。 

また、フランクシナトラは当時のケネディ大統領と深く交際した女優マリリン モンロー を直接 ケネディ大統領に紹介したことでも知られています。

シナトラは、前記のジアンカーナの他にも、カルロ・ガンビーノ
ラッキー・ルチアーノ
などのイタリア系マフィアの歴代の大ボスとの交流があったことが、FBI
の資料で公になっており、その資料は合計で2,403ページにも及ぶことから、かなり広く深い交流があったようです。

ポール・アンカは、1967年のフランス人歌手クロード・フランソワのシャンソン「Comme d'habitude」を、南フランスで休暇中に聞いて、感動。

パリに住むクロード・フランソワ
に面会して ”ぜひ英語版を私に書かせて下さい”・・・と懇願したところ、彼は快諾、無償で曲の権利を得ました。

英語が母国語でなかったポールアンカの作詞は英語の表現力がイマイチなので、作詞家が日本語に翻訳するのに苦労した曲として知られています。

“男は何のために生まれ、何を残したというのだ。おれには関係のないこと言うのなら、それは価値のない男と言うことさ。正直に言おうか、まやかしの言葉じゃなくて、私は、幸運を掴んだと言うことさ。そして、私の信ずる道を歩んできた。“    

人間、誰でも死期が近づくと、自分が歩いてきた道をしみじみと振り返る。 長いようで短い人生であった、 短いようで長い人生であった・・・・・

その道が正しかったのか、いや間違っていたのか?  いやいや・・・決して間違った道ではなかった・・・・などなど・・・


あの世にゆく前に、誰でも自分の人生が誤りだったとは思いたくない。 誇り高く、堂々と自分が歩んだ人生は正しかったと確信したいですよね。

“アァ あの時、こうすればよかった・・・” など悔いる言葉は止めにしましょう・・・・、苦難な道もすべて乗り越えてきたのですから・・・この曲を聴くと、自分の歩んできた道と重ね合わせてとてもシンミリしてきます。


ポールアンカの詩はあまり美しくないけれども(専門家の弁)、しかしながらパラグラフの一節、一節に心を打たれます。

「ダイアナ」は日本で大ヒット、ポールアンカのナンバーを平尾昌晃、山下敬二郎、ミッキー・カーチスらが日劇ウェスタンカーニバルで歌い大ブレーク。 

1960年代に入り若者の間に ”ロカビリー旋風” 到来となりました。 私の良き青春時代の思い出です。

話しはそれますが・・・ポールアンカは祖国の味、レバノン キュウリを好物にしていたそうですが、でも、彼は日本のあの美味しいキュウリの味は知らないでしょう・・・・旬のみずみずしいキュウリに味噌を付けてパリパリ食べる、皮が柔らかく、果肉がしまった日本のキュウリ・・・・・うまぁ~い ♪♪ところが、欧米同様、オーストラリアではあの美味しい「日本式キュウリ」が手に入りません。

例えば、シドニーのスーパーマーケットで売っているキュウリは2種類で、ひとつは「コンチネンタル キュウリ」、もうひとつは「レバノン キュウリ(Lebanese cucumber)」。日本産のあのこぶりの懐かしいキュウリは豪州のスーパーでは販売していません。


コンチネンタルが一般的ですが、「デカい・皮が厚い・種が大きい・味が悪い」で繊細なキュウリに慣れている日本人には大味過ぎます。大きさは普通のキュウリの3倍ほど。日本式のキュウリが欲しいときは「レバノン風」の方を買います。これは日本のキュウリに似て「皮が薄く・種があまりない」日本のものより少し大きいキュウリです。

でも値段はキロ当たり7豪ドル(700円)くらいで、コンチネンタルの3倍以上します。 それでも日本のキュウリの味には足元にも及びません。


コンチネンタルキュウリは名前だけ良さそうですが、バカでかくて、果肉はタネいっぱいのどうしようもない味です。ヨーロッパ人もこの味に馴れているのか、スーパーで買うのはコンチネンタルばかりです。 “アァ・・・彼らは味覚に乏しいなア~” Viva Japan!