信長の重臣だった明智光秀(あけちみつひで)は主君、織田信長より本心を打ち明けられ仰天します。
“この世に天使様(天皇)は二人も要らない、この国を治めるのはこの信長だ!” 信長公は最晩年に「総見寺」を作り “自分を神として崇めよ” と民におふれをだしたことからして全く作り話でもありません。
「本能寺の変」を起こしたのは、光秀の持っていた近江(滋賀県)・丹波(京都府)の土地所領を信長がめしあげる・・・と云われて、我慢の限界が来たとい説が有力ですが、実は、神武天皇から2000年以上受け継がれた天子様をないがしろにして、自分がとって変わるという大それたことを起こすことに恐怖を抱いたからという説もあります。
光秀の本姓は源氏で、のちに朝廷より惟任の姓を賜り、家系は清和源氏の摂津源氏系で、足軽(百姓)上がりの羽柴(豊臣)秀吉とは身分が違います。
これ以外の説には『徳川家康との共謀』『長宗我部元親の後ろ盾』『天皇家による命令』など諸説があり謎とされていますが・・・
信長のそばにいた宣教師のルイス・フロイスは、信長の性格を著書の中で『彼は日本のすべての王侯を軽蔑した』とこう表現しています。
つまり信長は、本心では、天皇を始めとした貴族たちのことを馬鹿にしていたのは事実のようです。その態度にプライドの高い天皇家が激高した、というシナリオもありえる気がするのです。
でも、実行犯は天皇(天使様)の一派でもなく、まちがいなく 明智光秀が単独で「本能寺の変」を起こしたのです。
当時、もし命令に従わない戦国武将たちを攻略した場合は、城主のみならず、その一族郎党をすべて抹殺するどころか、その一派を徹底的に弾圧するしきたりがあったのでもし「本能寺の変」がなければ、信長の命により、天使様(天皇)の一族、朝廷を組織する公家など、恐らく何千人の命を奪い、国中が大騒ぎする事件が起きていたことでしょう。
そして、そのとき、世界一長い記録を持つ日本の天皇制度は崩壊していたかも知れません。
明智光秀という人は、日本の武将の中で「最も卑劣な男」として有名ですが、日本の皇室を救った男として「影の功績」のある人物なのです。
現在放映されている2014 NHK大河ドラマ「「軍師官兵衛」のなかで、光秀が「落ち武者狩り」にあい地元の百姓に殺害される場面がありましたが・・・
光秀が竹ヤリで刺された時に側近達に言います “わしのしてきたことは正しかった” “間違いなかった” と叫びながら死んでゆきます。
その時のセリフは 「自分の土地所領を守るために信長を成敗した」という、個人的な次元の話ではありません。
それは「俺が天使様を救ったのだ!」「俺が日本を救ったのだ!」と言い残してこの世を去って逝ったのです・・・
天下を手中に収める寸前に大事件「本能寺の変」が起きてしまったのですが、もし、あのまま織田信長が天下を取っていたら、戦国の世の終焉はどうなって
いったのか・・・日本中が驚く大事件が起きていたことでしょう。