「お前さん………」


「コッチでは…久しぶり、かな?阿伏兎」


面の下から出てきた顔は、阿伏兎にとって見知った顔であり、神威にとってはかなり近い人物の顔だった。

若干口調も変わり、阿伏兎のこともあぶさん、ではなく阿伏兎、と呼んでいる。

性別は女。突然の神威の訪れを待つ……ソラだ。


「やっぱり、ソラだったか…」


阿伏兎は店員がソラだったということに気づいていたようだ。

苦笑して頭を掻いた。


「あれ、気づいてたの?」


「団長は気づいてたかどうかは知らんがね、そりゃ分かるさ。いくら暗い時間帯にしか此処に来た事がないっていっても、店の外装ぐらいは覚えてられる」


「なるほど…そりゃそうだね」


「……お前さん、俺たちが今日来るってことが分かってたのか?」


偶然とはいえ店を休業にすることでゲームに集中できる環境を作ったり、人生ゲームをさっさと持ってきたりするなど、妙に準備の良いソラに阿伏兎は少し違和感を覚えたらしい。

だがそんなことをソラが分かるわけもない。ソラは否定した。


「…ソラ、お前さん何を考えてるんだ?

団長と神楽をわざとペアにしたりして……」


ソラの考えていることが分からない阿伏兎。

今皆がいるこの場所で、神威に素顔を見せたくないはずなのに、何故見られる危険があることをわざわざ自分から行ったのだろう。

しかも神威と神楽両方に見せなければいけなかったかもしれないのだ。

まだ自分から「人助けだ、兄さんだけには見せてやる」と言って神威だけに見せた方が良かっただろうに。

また、人生ゲームではわざと神威と神楽をペアにした。

くじを引くとき、ソラは神威と神楽意外の3人に小声で言ったのだ。

「兄妹同士をペアにする」

銀時、新八、阿伏兎、ソラが引いたくじには何も書かれておらず、神威と神楽のにだけは番号が書かれていたのだ。

だから神威と神楽を後に引かせた。何も書かれていないくじを引かれては台無しになってしまうのだから。

そして結果的に、銀時&新八、ソラ&阿伏兎、神威&神楽のペアが生まれたわけだ。


「……どうもね、何とか…できてしまった深い溝を埋めたくなるんだよ。たまに、一人でいる神威を見るとすごい後悔してる気がしちゃってね…。

そんなの、私のただの勘違いとか、思い込みかもしれないけどね。

たまに、神威を見てるとね…寂しそうに見えるんだよ。

……だからホラ、ゲームで少しでも仲良くっていうの?

阿伏兎気づいた?神楽が神威を"兄ちゃん"って呼んでたの」


「………」


「もうちょっと……平和だったらいいんだけどねぇ」




「オーイ!お前等まだかー!?」


銀時が、ソラと阿伏兎を呼ぶ。

顔を見せるだけだ、そんなにかからないはずの割には時間がかかってしまったのだろうか。

ソラは再び面をつけた。


「さて…戻るか、あぶさん」


店員と阿伏兎は、銀時たちの元に戻った。









――甘味屋からの帰り道……


銀時と新八・阿伏兎は、両手に二つずつ箱を持っていた。

罰ゲーム…というわけではないが、ルールとして、この店で1、2、3番目に高い商品を買わなければならなかったのだ。

結果、銀時や新八だけでは持ちきれず、阿伏兎にも鉄だってもらっているのだ。

一方、神威と神楽はというと……


「スー……」


神楽は神威の背中で、ぐっすりと眠っていた。

今日の人生ゲームではしゃいただめ疲れてしまったのだろう。

甘味屋を出た直後から既に神威におぶってもらっていた。

そして気づけば眠りについていた、というわけだ。

神威の表情はいつもと変わらない笑顔…だが、その表情はいつもの飄々としたものでも、人を殺すときに浮かべるような笑みではく………和らかな、兄の表情――…。













*終わり*

ゲーム内容 『どきっ☆生きるか死ぬか?人生ゲームA72」


ゲームルール

・ゲームは2人1組で行う。

・ルーレットは、2人のうちどちらが回しても構わない。

・人生ゲームのルールにちゃんと従うこと。

・妨害アリ(相手を蹴る・殴る・ルーレットが止まりそうな時、息で回したりとか)だが、動かしたコマを勝手に違う場所に移動するなどのことは禁止。

・人生ゲームで1位になったペア2名が店員の顔を見れる。

・1位と2位を交換したりすることは駄目

・例え神威が1位で店員の顔を見れようが見れまいが、銀時はこの店で一番高い商品を2つ買うこと。

・店員と誰かのペアが1位の場合、銀時はこの店で一、二、三番目に高い商品を2つずつ買うこと。



「いいか?以上がゲームルールだ。さぁ、この割り箸を引け。書いてある番号が同じ人とペアになれよ。はい、銀さん、あぶさん、ぱっつぁん、神楽、兄さんの順で並んでー」


順番を行っておかなければ争いにでもなると思ったのだろうか。

店員は一人一人の順番を決め、順番通りに引かせていった。

そしてくじ引きの結果……




銀時&新八(白)


店員&阿伏兎(青)


神楽&神威(赤)


となった。

銀時、新八、阿伏兎、店員に異論はないが…神楽は文句大アリのようだ。


「何で私と神威がペアアルか!

やり直せヨ!」


「バーロー、くじで決まったモンはしょうがないだろ。

さーさっさと始めようぜー。まずは銀さん達からだ。」


神楽の抗議を軽く受け流し、さっさと店員はゲームを進めはじめた。

銀時がルーレットを勢いよく回す。

たまーに強く回しすぎると、ルーレットが上手く回らないことがあるので気をつけてね。


「お、6だ。幸先いいぜこりゃ」


銀時が白いコマを掴み、6つ先のコマへと進めていった。

最初は職業選択だ。

結構最初って重要なもので、ここで歯医者とか弁護士とかになると高収入がもらえる。

だが…


「ん?何々…"おめでとう!君はコンビニのアルバイトだ!しかも週一だから家でゆっくりしてられるぞ♪"」


こういうハズレに止まると、もちろん低収入だ。


「うぜぇぇ!なんだよコレ!っていうか何で週一でコンビニのバイトなんだよ、別に家でゆっくりなんかしたくねーんだよ!」


「まぁまぁ、ゲームってのは大体こんなモンだぜ。次は俺達の番だったな…あぶさん回すかい?」


阿伏兎のあだ名がいつのまにか"あぶさん"になってる。

しかも違和感がないので、阿伏兎も自分が"あぶさん"だと認識しているところがまたすごい。

阿伏兎は回すか、ときかれたが、生憎自分はそんなにゲームがしたいわけでもない。

店員に譲った。

譲られると、店員は頷いて勢いよくルーレットを回した。

出た数は…4だ。


「えーっと4は……"海賊王に、君はなれ!船の会社が君の働き場所だ。簡単にいうとサラリーマンってとこだね"」


「いや海賊王関係ねーだろ!結局はサラリーマンじゃねーか!しかも海賊王って明らかにワンピースじゃねぇか!」


N(ナレーター)の後ろに丁度ワンピースがあったのだから仕方ない。

次は神楽&神威の番だ。

神威も一応兄なのか、回したそうな妹に譲った。

神楽は力任せにルーレットを回した。

ガガガ、とルーレットは引っ掛かってしまい上手く回らない。

出た目は…


「3…"テレビスタッフと周りの観客さんの協力がとっても大事!マジシャン"アル」


「……何て目を出してんの神楽」


「ってテレビスタッフと周りの観客さんってなんだよ、明らかにコレ最近読んだ本で"えー、○○ってこういう手品だったんだ…すげー夢壊れるわー"的な作者の感情まじってんだろ!」


「細かいことは気にすんなぱっつぁん。作者もホラ、小説全てを今日描いてるから色々テンパってんだよ。しかも人生ゲームとかって題材使ってる割には、作者人生ゲーム持ってねーし。

ネタ考えるのも一苦労なんだろうさ。よっ」


一つ一つに色々突っ込みを入れる新八に対し、ちゃっちゃとゲームを進める銀時。

突っ込み役の大切さを、今N(ナレーター)は実感している。

ちなみに、この人生ゲームでは職種決定後、「最初の給料日」のマスに行き、給料を貰ってから全員出発だ。

なので1順目にどんな目が出ようが、進む速さは2順目からしか関係がない。

銀時が回して出た目は、またもや6だ。


「オイオイ、またロクでもねー場所なんじゃねーだろうな」


「えーっと…"電柱にぶつかり病院に行く。一回休み"

何で電柱にぶつかったぐらいで病院行ってんだぁぁぁ!つーか開始2順目一回休みってどういうこと!?」


「しゃーねーって、そういうゲームだ。

あらよっと…2か。あぶさん、何て書いてある?」


コマを動かし、マス目に書かれた文字を読み取る。

書かれていた文字は……


「ん~?"ToLOVEるを見るため家に。一回休み"」


「だから何で一回休みなんだよ!一回休みの頻度どんだけ高いんだよ、6マス中2マスに一回休み入ってんじゃねーか!」


「安心しろぱっつぁん、銀さんたちがいるところ以降は一回休みは出てこねぇはずだ」


新八の突っ込みに対し、ちょこっとしたゲームの説明を入れる店員の後ろ、神楽が「ToLOVEって何アルか」と神威にきき、神威は「…神楽にとって悪影響のあるものだよ」と答えていた。


「次、俺が回すね」


カラカラカラ…

あまり強く回すと神楽のように失敗すると分かっているのか、控えめの力で回す。

それでも結構勢いよく回っているのだけれど。

出た目は4。


「えっと…"電車でおばあさんに席を譲ろうと立ったことでバランスを崩し転倒。一回休み"」


「何やってるアルか神威ィィ!」


「だから一回休み多いんだよ!もう一回休みはいいんだよ!っつーかコレ良く見たら最初の6マス全部一回休みじゃねーか!やる意味あんのか、つーかやる気あんのかコレ!」


「このゲームはな、まず興奮したプレイヤーの興奮を覚まさせ、客観的に物事を捉えさせるためまず一回休みをいれてプレイヤーを冷静にさせるという心遣いがさせられているんだ。」


「どんなゲームだァァァァ!」













――ゲームも佳境に入ってきた。


え?ゲームの進行が早いって?

そこらへんは全部スルーして、本当。

N(ナレーター)土下座して謝るから。


「うらぁ!2出ろォ!」


銀時たちが使う白コマの2マス先には、「宝くじで大もうけ!10万円GET!」の文字が。

このゲームでは最後に持っている金額が一番高いものが優勝である。本当、お金って大事だよね。

本来なら、銀時たちは神威に「店員の顔を見ることがお返し」と言われているのだから、銀時たちは神威&神楽ペアに協力し、できるだけ自分たちはあまりお金を稼がない方がいい。

だが…そんな思念はもうどこかに吹っ飛んでいるようで、ゲームに夢中だ。

ルーレットもそんな銀時の情熱に押されてか、2に止まりそう。

だがしかし、そんなことは神威と神楽がさせない。


「兄ちゃん!銀ちゃんを抑えるネ!」


「神楽、ルーレット!」


と、神威が銀時を抑えつけ神楽の邪魔をできないようにし、その隙に神楽が2に止まりそうだったルーレットを再び回す。

見事な連携だ。

この妨害により、出た目は4。


「ああぁぁぁぁ!!」


4マス先のマスに書かれていた文字は"競馬で大損(´・ω・`)10万円損しちゃった…"。

人生楽ありゃ苦もあるってことだ。


「競馬のマスにさえ止まらなければ俺は充分だ!」


カラカラカラ…

店員がルーレットを回し…1が出そうになる。

1マス先には…"迷子の仔犬を保護。お礼に5万円GET"の文字。

もちろんソレを見た銀時が妨害しようとする。


「仔犬助けたぐらいで5万も貰ってんじゃねェェェ!」


ルーレットを再び回そうとする、が…


「させるかァ!あぶさん頼んだ!」


「すまんな、させねーよ」


阿伏兎が銀時を抑えつけ…ルーレットは1に。


「ハーッハッハッハァ!5万円GETだぜ!」


「くっ…!兄ちゃん、5出せば10万アル!」


念を込め、勢いよくルーレットを回す神威。

目は2、"財布を拾い、1000円GET!"の文字が。

5万を前に1000円なんて妥協できるわけがない。


「ほあたぁぁぁぁ!」


神楽がもう一度シュパァッともう一度回し、そして神威が鮮やかな手つきでルーレットを動かし、目を操る。

出た目は5だ。


「10万円GETー」


「やったアルな、兄ちゃん!」


この2人の連携は鮮やかだ、2人がハイタッチすると、いい音が店内に響く。




そしてゲームはもうゴールへと近付いていた。

今一番ゴールに近いのは神楽&神威ペア。

二番目が店員&阿伏兎で、三番目が銀時&新八ペア。

金銭的にもこの順だが、大差ない。

ゴールした順で1位・2位が決まるだろう。

まず、銀時がルーレットを回す。

8が出れば…銀時たちの勝ちだ。


「いけェェェ!俺のバーサーカーソウルゥゥゥ!」


バーサーカーソウルはこのゲームにひとっつも関係ないのだが、何か語呂が良かったから言ったらしい。

つーかバーサーカーソウルって遊戯王に出てくるんだよね。

気になる人はレッツ検索☆


目は………4。が出そうになる。が…


「まだだァ!」


銀時が再びルーレットを回そうとする、が…


「させないよお侍さん」


「させないネ銀ちゃん!」


神威と神楽、2人からのキックを喰らい…出た目は5。

新八がマス目に書かれた文字を読み上げる。


「"もうすぐゴールだからって浮かれてるとロクなことがないよ。もっと人生慎重に行かなきゃ。働いていた会社が倒産、働き場所がなくなったことで妻子にも逃げられ、親からも見離される。スタートに戻る"

何でだよォォ!何でここに来てスタートに戻るなの!?」


「詰めが大事ってこったよ、ぱっつぁん。

行くぜ!セリエス・ルーキスゥゥゥ!」


店員&阿伏兎ペアは7が出ればゴール。

多分セリエス・ルーキスは「光の7矢」っていう魔法があるから言ったんだろう。

ちなみに出典はネギま!である。

目は…7に止まりそう。

だが黙って見ていないのがコイツ等で…


「させるかァァァァ!」


「この世は弱肉強食アル!」


って感じで銀時と神楽が飛び掛ってくる。

しかし2人に物怖じしない店員と阿伏兎。

店員は銀時の顔にパイを投げつけ、前が見えなくなった銀時が落下。

神楽は神楽で阿伏兎に足止めされ…

見事7が出た。


「クックック…ゴールだ!

お前等のペアのどちらがゴールしようが、俺たちに金銭的に届くことはねぇ!

この勝負……悪いが俺たちの勝ちだ!」


店員と阿伏兎WIN。

銀時と新八は床に崩れ落ちる。

ゲームに勝てなかったってのもあるんだろうが、何よりショックだったのが出費の方だろう。

この店で一番高い商品といったら、5万円の「ウルトラスーパースペシャルデラックスジャンプ」だ。

どんな商品なの?と言うと、ケーキにプリン、チョコとかパフェとかが、上手い具合に組み合わされている一品だ。その重量は10kgにもなるらしい。

実際買った…というか、食べた奴は一人だけだそうだ。


「あ、ところで質問なんですけど…買ったペアが店員さんの素顔を見れるんですよね?店員さんのペアが勝ったってことは、阿伏兎さん、店員さんの素顔見れるんじゃないですか?」


新八が床に崩れ落ちた体勢のまま、一つのことに気づいた。

店員の素顔だ。

このゲームでは「・人生ゲームで1位になったペア2名が店員の顔を見れる。」というルールがあった。

しかし買ったのは店員ペアだ。ということは、勝った奴である阿伏兎は店員の素顔を見れるのでは…ということだ。

店員はすっかりそのことについては忘れていたようだ。


「あぁ…そっかそっか。そうだったそうだった。

そんじゃぁ、あぶさんには見せるかぁ。あぶさんちょっとコッチ来て」


「いいなぁ阿伏兎」


「兄ちゃん、阿伏兎にあとで店員さんの似顔絵描いてもらうアル」


「でも神楽、阿伏兎にそんな画力があるとは思えないよ」


「それもそうアルな」


「うるせーぞそこの兄妹!」


阿伏兎に対して冷たい言葉を言っていると、阿伏兎に怒られた二人。

「うるさいね、アイツ」という表情で顔を見合わせている。

まるでちょっとしたイタズラで母親に怒られ、不貞腐れている幼い兄妹のようだ。



一方、阿伏兎と店員は店の奥にいた。

他の奴等に見られないように、だ。

店員はやっと気が緩んだように息をつき、面を少しだけ上にあげて地声で話した。


「ふぅ…良かった、なんとか勝てて…」


その声は、阿伏兎にとって聞き覚えのある声だ。

店員は、後頭部に回された紐をゆっくりと上にあげ、面をとる。


「お…お前さん…」







「あの…どうぞ…お茶です」


ソファに並んで座る神威と阿伏兎の前に、新八はお茶をおき、同じように神威たちと向かい合って座る銀時の前にいちごミルクを置いてから自分も隣に座った。

大抵はソファには神楽が座っているのだが、今日は銀時たちの後ろに定春とともに控えている。

警戒心満々だ。

触れるもの皆傷つけるナイフ並に。

銀時や新八ももちろん警戒していた。

阿伏兎に対する警戒心は薄いが、神威の対する警戒心は分厚い。


「で…何の用だ?」


どうせ神威のことだ、「遊びにきた」とか「観光」とか、「バレンタインのお返しを貰いにきた」とかって言うに違いない。

だからあんまりきく意味はないのだが…案の定神威はこう答えた。


「今日はホワイトデーだろ?だからお返しもらいにきた」


図太いというかなんというか…素直な奴だ。

あ、今銀魂見てるんだけど、ちょうど阿伏兎落ちたところだ。「共食いは嫌いなんだ…」か。いや~、阿伏兎は本当いい奴だよ。まぁ、N(ナレーター)が書く話では大抵そんな役回りしか回ってこないけど。


「……え?」


「だから、俺、バレンタインにチョコケーキあげただろ?テレビじゃ、ホワイトデーにバレンタインデーのお返しをするもんだってやってたからさ。受け取りにきたんだよ」


「……いや、あの…そのだな……」


言い難い。

非常に言い難い。

わざわざお返しを受け取るためだけに地球にきた奴等に、

「すみません、お返しないし、アンタ達がいると気が気じゃないんで帰ってもらっていいっすか?」

なんて言えるわけがない。

しかも神威と阿伏兎は夜兎族だ。

銀時は命の危険を感じ、何も言えない。

「頼むから誰も下手なこと言うなよ」的なオーラを出している銀時だが、そんなの知ったこっちゃないのが神楽。


「お返しなんか用意してないネ!さっさと帰るヨロシ!」


さっさと言ってしまう。

神楽も神楽で言いたいことははっきり言ってしまう。

やっぱり、神威と神楽は兄妹なんだなぁ。

銀時は慌てて神楽の肩を掴んで揺さぶる。


「神楽ァァ!てめっわざわざ来てくれたお客様になんてこと言うんだァァ!」


「だって本当アル。大体、アレ腐ってたネ。っていうか銀ちゃんも、"お返しはしなくていい"って言ってたアル」


「かーぐらちゃーん!俺はアレだよ?あの…まさか受け取りにきてくれるなんてこれっぽっちも思ってなかったモンだからさァ、用意しちゃって腐らせてももったいないないなーとかって思ってたわけだよ!だから用意しなかったの!要するにエコなのエコ!」


必死な銀時。

相手が自分に危害を加える気はないのは分かっているのだが、もしもの時っていうのがある。

大体今は夜兎2人だし。

っていうか、神威と神楽の兄妹喧嘩が始まるのが怖い。

コイツら2人の喧嘩をとめられるのは、お母さんか、おやつの時間か、ごはんの時間ぐらいなモンだ。

慌てふためく銀時を新八が宥める。


「銀さん、落ち着いてください。

えっと…すみません、本当にお返し用意してなくて…あの、今から作ったりっていうのはアレですけど、地球のご飯とかでいいならごちそうできますよ」


意外と冷静な新八は、交渉を始めている。

多分阿伏兎がいるから安心なのだろう。それに、「神威が自分を相手にするわけがない」という思いが好くなからずあった。

ちょっと悲しくもなるけど。

新八は神威に妥協案として、地球の食事を御馳走することを提案した。

もちろん、お金を出すのは万事屋である。

万事屋は貧乏だし神威の食欲を考えるとちょっと怖いのだが、ここで殺されたりするよりはマシだろう。

神威も地球の食事を気に入っていたのか、それにはスグにのってきた。


「へぇ、それならいいかも。

お侍さん、俺、この前行ったあの甘味屋に行きたいな」


「あ?そんなんでいいのか?」


「だってお侍さん方貧乏だし、あんまり高いモン頼むと破産しちゃいそうだしね。あの店で俺が食べたいもの全部食べさせてくれたらいいよ」


幸い、以前行った甘味屋、「チャーリー」の商品は懐にも優しい値段だ。

子どもがよく買いにきているのもその証拠。

確かに大人向けに高い品もあったりするが、他の店と比べると安いものだ。

貧乏な万事屋でも、あの店でなら神威一人を満足させることぐらいできるだろう。


「いいから帰れって行ってるア」


神楽の抗議の声を強制的に終了させ、銀時・新八・神楽・神威・阿伏兎の5人は、甘味屋へ向かった。




――甘味屋『チャーリー』

一ヶ月前と変わらないたたずまいの甘味屋の軒先に、1枚の札が下げられている。


「本日休業。ごめんね☆」


「ごめんね☆」の☆が憎らしいな。

文字を読んだ神威が驚きと落胆の入り混じった声をあげた。


「あれ?今日休業なの?」


「いや、休業つっても、アイツは中にいる筈だぜ。

おーい、俺だー、開けてくれー」


銀時は店が休みだというのに、ドンドンと戸を叩きながら声をかける。

何度もこういうことがあるのだろうか、銀時は手馴れた感じだ。

全く、店員も迷惑だろう。

というより、近所に迷惑だ。

この甘味屋『チャーリー』唯一の店員も、それを分かっているのか、もうこういった銀時の行動になれたのか、閉ざされた店の中から足音が聞こえる。


ガラッ


戸を開けて出てきたのはやっぱりピカジュウのお面を被った店員の顔だ。

面を被っているから表情は分からないが、いつもは陽気な雰囲気を出している店員も、ちょっと今日は不機嫌そうな雰囲気だ。

何か試作品でも作っていたのだろうか、店の奥からは甘い匂いがする。

まぁ、甘味屋なのだから当たり前なのだが。


「何だい?今日は休業だって…あ。あの時の兄さんじゃないか」


神威を見た店員の雰囲気が少しだけ何故か陽気なものに変わった。


「やぁ、店員さん」


「ちっと色々あってな。頼むから開けてくれねェか?

それにお前さんの店も儲かるぜ」


店員は少し迷ったようだが、5人も来てくれているということや、"儲かる"ということが作用して開けてくれる気になったらしい。

銀時たち5人を店の奥に通し、そして軒先には「休業」の札を下げておいた。


「珍しいな、こんなに大人数で来るなんて。大抵銀さん一人で来るってのに」


「銀ちゃんいつも一人で来てたアルか!?ずるいネ!」


「うるせー、銀さんはアレだよ、"甘いものとらないと死んじゃう病"だからいいんだよ」


「いや、銀さんとってる方が死んじゃいます」


そんな平和な会話を交わしつつ、店員はきいた。


「ご注文はどうする?といっても、今はほとんどないんだけど…」


「大福ってある?」


神威は以前食べた大福が気に入っていたらしい。

迷うことなく、まず大福があるかをきいた。

しかし、休業だったせいか置いてある和菓子は少ない。

店員は申し訳なさそうに答えた。


「あ~、大福は今ないなぁ…」


「え、本当?どうしようかな…。

……ねぇ、店員さん。前も聞いたんだけどさ、いくつか質問していい?」


「ん?何?」


前も聞いたこと…というと、「男か女か」ということか。

店員は確かに着物を着てエプロンをしてはいるものの、着物の色は紺色だから男が着ても女が着ても全くの不自然はない。

それに一人称が俺だし、ピカジュウのお面を被っているし、どちらか分からないのだ。

しかも御丁寧に、声までどちらか分からないようにしてある。

わざわざ声を変えているのか、それともピカジュウのお面に何らかの細工をほどこして声を変えているのかは定かではないが…。


「店員さんってさ、男と女どっち?

それと、何でいつもお面被ってるの?」


「あ、それ私も気になってたアル」


「あー、そういや俺もだ」


やはりきいたのは「男か女か」だ。

神楽も気になっていたのか同意し、銀時までもが同意する。

そして阿伏兎と新八も声にこそ出さないものの、顔には「気になる」と書いてあった。


「男か女かは……秘密だ。

男女差別なくっつっても、やっぱり異性に対しちゃどっかしら壁とか差別があるからな。俺は客商売でそういうのは嫌だから秘密にしてんだ。

お面も、顔分からなくするためだよ」


「別にいいじゃねェか、たまには見せてくれてもよ」


「そうアル」


たまにはというほど来ていない神楽が銀時の言葉に同意する。

他3人も頷いた。そりゃ、隠されているものほど気になるものだよね。


「…そんっなに気になるのか?」


「「「うん」」」


全員が頷く。

店員は"まいったな"とでもいうように頭をかき、小さく溜め息をついた。

そんな店員に追い討ちをかけるように神威が言う。


「ねぇお侍さん。俺、店員さんの面の下見れたら、お返ししなくていいよ。店員さんの顔見るのがお返しでいい」


そんなに気になるものか?

神威はバレンタインデーのお返しに、店員の顔を見せろという。

最早銀時のお返しではなく、店員のお返しだ。


「頼む店員。

俺ァよォ、田舎の母ちゃんに林檎の砂糖漬けを送ってやるまでは死ねねェんだよ」


「知るかそんなん!

え~?いや…俺も人助けはしたいけどよォ……でもなぁ………」


「頼む!」


「………よーし、分かった。ゲームを始めよう。ゲームで一番になった奴に、俺の面の下を見せてやるよ。ちょっと待ってろ」


店員はそういうと、店の奥に引っ込んでしまう。

どういうことだろう。ゲームで一番になった奴に面の下を見せる?

銀時が頼んでいるのは、神威に面の下を見せることなのだが…どういうことだろう。

程なくして店員は戻ってきた。

小脇に抱えているのはボードゲーム…人生ゲームだ。


「さぁ、ゲームを始めようぜ。」


店員の面の下の表情が、笑っている気がした。