「阿伏兎ー、今日が何の日か知ってる?」
嫌な、予感がした。
春雨第七師団団長、神威とその部下、阿伏兎は、春雨の船の一室にいた。
阿伏兎は神威がやらない分の書類整理などの仕事をしているところで、神威はというと悠々と寝転がりながらテレビを見ているところである。
神威は、一ヶ月前と同じように、阿伏兎に問い掛けた。
「…………」
神威の問いに、阿伏兎は答えない。
答えたら何かまた面倒なことになる気がする。
以前のようなことになるのはごめんだ。
大体、神威と一緒にいるとロクなことがない。
以前吉原に行ったときは鳳仙と勝手にやりあって仲間を一人殺すし、諸々の言い訳は全部阿伏兎がやったし。
一ヶ月前だって、「今日はバレンタインデーだからちょっと行ってくる」って「ちょっとコンビニ行ってくる」みたいなノリで言い出した挙句本当に行っちゃうし。
迎えに行ったのはもちろん阿伏兎だし、神威が地球に勝手によった理由とかをでっちあげて説明したのも阿伏兎だ。
阿伏兎はかなりの苦労人だと思う。
もちろん、その苦労の大半は神威のせいだ。
神威はといえば、阿伏兎に大方のことを任せて遊びっきり。
全く、いい部下を持ったもんだな団長。
そして可哀相な団長をもったもんだな部下よ。
問いかけに答えない阿伏兎に、もう一度神威はきいた。
「ねぇ、何の日か知ってる?」
「……団長、俺ァ一ヶ月前のようなことはごめんだぜ」
このまま黙っていても埒があかない。
それに黙りつづけていると遅かれ早かれ団長にまた色々やられる。そう感じた阿伏兎はいやいや答えた。
「一ヶ月前のようなことってなんだよ?」
一ヶ月前――…バレンタインデーだね。
さっき説明した通り、勝手に神威が地球に行って阿伏兎の苦労がまた一個増えたってやつだ。
阿伏兎はどうやら、神威がまた勝手な行動を起こすんじゃないかと危惧しているらしい。
「だから、また勝手に地球に行くのはごめんだって言ってるだよ。
上に言い訳すんのは俺の役目になっちまってるしよォ」
「じゃぁ、許可とれば地球行っていいんだね?」
「あぁ、許可とれば行って………え?」
書類に目を通したり日頃の鬱憤が溜まってたり受け答えすんのが面倒だったりってのが重なって、ついなーなーに、勢いで返事をしてしまう阿伏兎。
人の話はちゃんときいて、ちゃんと返事をしないと……
「あ、もしもし元老ですか?ちょっと吉原の様子を見に地球に行ってきます。はい、はい。分かりました、ちゃんと報告しますよー。それじゃ」
ガチャ。
部屋においてある通信機で、元老に電話する神威は、さっさと用件とでっちあげの理由を伝え、許可を貰うと通信をきった。
そしていつもの笑顔を阿伏兎に向けて、
「行っていいって」
ちゃんと人の話をきいて、ちゃんと返事をしないと、余計面倒なことになるんだよね。
その飄々とした笑顔が鬱陶しい。
阿伏兎は今ほど、神威と元老に対して殺意を持ったことはないだろう。
大体、元老もこんな簡単に許可するか?
「オイオイ団長、まさか本当に地球に行く気じゃねぇだろう?」
「何言ってんのさ阿伏兎。
さっき吉原の様子を報告するって言っちゃったんだから、行かなかったら不自然だろ」
強さと戦場にしか興味ないくせに、こういうところは抜け目ない。
御丁寧に「報告」までつけくわえてやがった。
もちろん「報告」するもしくは「報告書」を書くのは、阿伏兎の役目だ。
阿伏兎は深い溜め息をついた。
神威はというと、ピクニック気分でさっさと身支度を始めている。
本気だ、コイツ。
「それじゃ、行ってくるね阿伏兎」
「待て団長。……俺も行く」
神威だけ行かせると何があるか分からない。
以前は奇跡的に何も起こらなかった(万事屋を壊した修理代はもちろん春雨から出したが、これぐらいの被害は何もないに等しい)が、今回も起こらないとは限らない。
神威がまた不始末を起こすなら、阿伏兎も一緒にいってその不始末を最小限にとどめるべきだろう。
何より、吉原の報告もしなくちゃいけないし。
実際見ていないものを報告なんてできるわけがないしね。
これらの理由により、阿伏兎も一緒に行くことにした。
書類はまだまだ残っているが…まぁ大丈夫だろう。
いざとなれば他の奴にやらせればいいし。
阿伏兎も身支度を整え、二人の夜兎は地球へと跳んだ。
万事屋―――
銀時、神楽、新八の3人は、ゆっくりとくつろいでいた。
今日は特に仕事もないし、何かしなければいけないことがあるわけでもない。
たまには…といってもいつもしているが、のんびりするのもいいだろうってことだ。
テレビでは、アニメ「ギンタマン」が放送されていた。
別に3人はアニメが大好きってわけでもないのだが、今回の「ギンタマン」はお通ちゃんが声優として出演、そしてそのアニメの中で歌も歌われるらしく、新八が「何が何でも見る」ってことで見ているのだ。
もちろん、ビデオもばっちり。
未だ「ギンタマン」は前半話で、お通ちゃんは出ていない。お通ちゃんは後半に出てくるのだろう。
前半は、ちょうどホワイトデーの話をやっていた。
それを見て、ふと、新八は思い出す。
「そういえば…バレンタインデー、神威さんからチョコ貰いましたよね」
「腐ってたけどな。つか、ありゃただの嫌がらせだろ」
「そうネ!私達の体を内側から蝕まらせ、いずれは殺す!そんな目的があったに違いないアル!」
「いや、食中毒ぐらいで死にはしないでしょ。
っていうか、お返しとかってしなくていいんでしょうか?」
お返し。
貰ったのが男だろうが、バレンタインデーに貰ったからには、ホワイトデーにはお返しした方がいいんじゃないか、新八にはそういった気持ちがあるらしい。
実際、N(ナレーター)も誰だろうと貰ったらお返しする派だし。
礼儀は返さなければ。
だがしかし、銀時たちは別段神威にお返しを用意しているわけではなかった。
思い出したのは今日だし、神威が真にバレンタインデーを理解しているとは思えなかったし、大体アレ腐ってたし。
お返しする必要はあるのだろうか。
第一、今日神威が来るという保証はない。そう銀時は思ったようだ。
「別にいいんじゃねーか?
どーせ来ねーだろ。アイツだって曲がりなりにもあの春雨第七師団の団長だぜ?そんなに暇なわけ……」
ピンポーン。
万事屋のチャイムがなった。
万事屋に静寂が訪れる。
大抵の場合、依頼かヅラが遊びにくるかお登勢等が家賃の回収に来るかのどれかだったりするのだが、どうも今日は神威の話をしていたせいか嫌な予感がする。
三人は顔を見合わせた。
「まさかな、そんなまさかね。いやいやいやいや、ないだろう。ないない。どうせまたババアか依頼人だろう。そうだよそうだよ。さぁ、仕事だ仕事ー。」
3人全員がそんなことを思っているのが容易に感じられる。
玄関の戸を開けたくない。
その心も、もちろん3人全員一緒であった。
ピンポーン。
もう一度チャイムが鳴らされる。
チャイムがこんなに怖いと感じたことはきっとないだろう。
まるで出来の悪いホラー映画のようだ。
しかし開けないわけにもいかないだろう。キャサリンだったら鍵がなくともテクニックを使って入ってくるし、たまだったら壊すし。
依頼人だったら仕事だ、開けなければ。
3人は一緒に開けに行くことにした。
「オイ、新八行け」
「え、何で僕なんですか!?」
「いいから行けヨ新八!こういうのはいつもお前がやってるネ!」
3人は誰があけるかを小声で話し合っている。
誰があけるかっつーより、新八の説得なのだけども。
結局、銀時と神楽の威圧・暴力・言葉により、新八が泣く泣くあけることになった。
「はい、どちらさまですか?」
意を決して開けた戸の向こうにいたのは、案の定…
「やぁ、一ヶ月ぶりだね」
絶やさない笑み。N(ナレーター)の中では完全に名称が「アンテナ」と化したアホ毛。桃色の髪。三つ編み。傘…神威。
疲労たっぷり、大丈夫?な表情。早く帰らせろ、感がまざまざと出ている…阿伏兎。
「あの春雨第七師団の団長だぜ?そんなに暇なわけ……あるんだね…」
銀時は、言いかけていた言葉の最後を、心の中で言っておいた。
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