祖父に本当に感謝。 | カントク Official Blog

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 つい先日、祖父が旅立った。

 

 

 

 数年前から服の上からでも痩せ細っているのがヒシヒシ感じられ、同じ質問を何度か繰り返す認知症の傾向が度々見られ、父からも 「そろそろ覚悟しておいた方がいいよ」 とは知らされてはいましたが、ついに逝ってしまった。

 

 

 

 現在は全て売り払っていますが、祖父は現役時代農家(米)をやっており、自分が幼少期遊びに行った際は自宅に併設してある田んぼにて、普段見られない珍しい昆虫やらカエルを捕まえることができ、まさに「ぼくの夏休み」状態の楽しい思い出が蘇る。

 

 そんな祖父に大きく影響を受けた点、というか引き継がれた点は何を隠そう、映像作家気質だろう。祖父はクリエイターではなかったが、ホームビデオ(旅行の記録)が趣味で居間に設置された大きな棚にビッシリとビデオテープが並べられていた。しかもラベラーでタイトルと撮影日も几帳面に張るのだ。毎回祖父の家に行った際のご飯の後は、必ず二世帯家族ぐるみで新作自作ビデオ鑑賞会なーんて不思議な時間がいつも設けられていた。

 

 

 

 ちなみに定期的に祖父はビデオカメラの買い替えをする為、使わなくなった旧機種は父の手に渡る。そのビデオカメラが「最高な遊び道具やんけ」と気づくまで、そこまで時間はかからなかった。

 

 

 

こちらが初めて手にしたDVテープ式ビデオカメラ。自分にとっての初号機だ。
ここからフィルムメーカー人生が始まった。

 

 

 

 そんなことあって物心つく頃からビデオカメラに触れ、いつの間にか自作自演作品を量産し、それから20年経った今も環境や形態を変えつつも撮影を続けている。

 

 映像作家:竹中透 の起源はここで間違いない。祖父が映像をやっていなかったら今の俺はいないだろう。見る専門のただの映画オタクだったのかもしれない・・・。

 

 

 

 

 

 さて、そんな祖父の訃報を父から聞かされ、先日葬儀へ行ってきた。ちなみに記憶ある限り自身初めての葬儀体験であった。

 

 

 

 

 

 

 初めての葬儀、祖父の生前の経歴が読まれたのだが、ほとんどが初めて聞く情報ばかりで驚いた。

 特にびっくりしたのが、まぁ時代も時代だが、9人兄弟の4男であったこと。
 

 そんなに兄弟いたんかーい!

 そして「自分よりも周りの幸せを願う人だった」と読まれた瞬間ウルっと来た。確かに祖父が怒る瞬間を一度も見たことがないのだ。更に言えば父もあまり感情を露わにしない性格だし。更に更に言えば、自分もそうだ。自分自身に腹を立てることは稀にあるものの、他人を怒ったことが一度もないのではないか? ←本当か?忘れているだけかもな

 これは遺伝?ちなみにその反面か母はけっこう怒るw 勿論今では感謝しています。 

 

 

 

 実は祖父に映像作家をやっていることを言っていない。

 もう届かないけど、一つの区切りとして祖父の亡骸へ向かって報告をした。

 

「俺、じいちゃんに影響されて、今、映像やっているんだよ」

 勿論返答はなく、あったらそれはそれで、自分が主人公の物語がはじまるわ!

 

 




 身近な人が亡くなること自体、初めての経験だった・。

 過去に実家で飼っていた大型犬のゴールデンレトリバーであったり、モルモット(その一匹の名前はご存知 Pudding(自身の脚本クレジット名)を亡くしたことはあるものの、人の死はスケールがめちゃくちゃデカい。そりゃそうだ、祖母や父の妹の鼻をすする姿だったり、そしてあの父さえもが言葉に詰まる姿に、もらい泣き瀬戸際(涙は抑えたが、鼻水隠すの無理)。
 

 話は戻るが、人の葬儀に関しては映画やドラマやテレビ報道でなんとなくイメージは出来ていたが、実際に体験したのは初めてだ。普段味わう事ない異空間に感動(←不謹慎だな)を覚え、棺の中で眠る祖父を忘れない為、何でも記録に残しておきたい映像作家の特有の衝動に駆られながらも、葬儀は終りを迎えた。



 改めて「人は死ぬんだな・・・」



 この年になるまで、何度も繰り返しになるがリアルに人の死に触れてこなかったので、口伝えやSNS上で誰々亡くなったと聞いても、言ってしまえば突然顔を見なくなるだけという状況なので、実はどっかで生きていましたー!なんてことも、十分考えられるのだから。まさに映画やドラマの世界だけだろうそんな甘い考え(死からの逃げ)が脳裏にあったが残念ながらそれは真実であった。

 

 

 

 

 

 人は死にます。

 ち、ちくしょー!

 

 

 

 


 今回実際に亡くなった祖父(かなり痩せてはいたが)に対面後、骨状態の登場を間近にし、遺骨を自らの手で遺骨入れに入れる事よりについては初めて味わう喪失感とやるせない気持ち、自分自身のこれからについて駆け巡った。


 自分もいつになるかわからないが、改めて 何よりも自分自身に悔いのないよう生きよう と強く誓った。

 祖父が88才だから、上手く生き伸びたとして自分に残されたタイムリミットは約50年。少ないではないか?更に高齢になるにつれ、身体や思考能力が衰えてくることを考えると、ちんたらちんたらしている場合ではないだろう。一日一日確実に残基が減っているのだから・・・💦勿論、リセットボタンはない。




 さて、今日の葬儀で得た感情もやがて薄れていくだろう。

 なんせ 人は忘れる動物だ。




 映像作家(ストーリーテーラー)という表現できる場を持っている自分ができること。

 それは、共有できること。

 

 生と死 はどんな人間でも逃げることのできないテーマでもあるのだ。最近その重みを体感しましたよ。

 

 

 

 

 振り返ってみると、過去に3作このテーマを描いていた。

 

・ 死んだ老若男女が酒場で目覚め、自分の死と向き合う2010年制作「胡蝶の夢/閉ざされた部屋」
 

・  自分が死んだことに気づかないで恋に夢中になった男を描いた2013年制作「LOVE IS BLIND/恋は盲目
 

・  死んで転生された中間世界で見習い天使に出逢う青年を描いた2018年制作「契り天使

 

 

 

 

 今後も避けられないテーマなので、描いていく事になるだろう生と死。恐らく今の自分ならもっとリアルに生と死を描くことができると自負できる。

 ちなみに丁度、脚本執筆中の「いない世界」に関してもこのテーマにかなり近い為、正に腕の見せ所だろう。

 

 

 

 

 

 

 最後に祖父に一言、バレンタインデーの日に逝っちゃってさ、毎年嫌でも思い出すじゃん。

 祖父らしいと言えば、祖父らしいぜ。

 

 

 

 

 

 今までありがとう。




 俺はこれからも、じいちゃんから手渡された映像という力で、物語という媒体を使ってこれからも自分だからこそ描ける世界を表現する。天国(あると信じたいね)で活躍、見ていてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 ボケるまで絶対この気持ち忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

追伸:嘘か本当か確証はないが、自分が最後の竹中家跡継ぎという事がこの葬儀の席で判明した。通夜は参加せず葬儀だけの参加であったが、自分と妹の次に若いのは明らかに両親だったんだよな、う、うそやろ?