今日を最後に東横線渋谷駅の頭端式ホームが
廃止になる。新しい駅は遥か離れた東急文化会館
跡地の地下5階になるらしい。混雑緩和を目的として
金曜深夜に線路を切り替え、土日に慣らし運転で
様子を見るのだろうが、年度末、18日の月曜日は
通勤時間帯が大混乱になるだろう。
物心ついてから45年ほどこの渋谷駅の頭端式の
ターミナルに親しんできただけに、なくなってしまうのは
とても寂しい。学芸大学で社会人までを過ごし、
それから多摩川園(現在の多摩川)に引っ越し、今でも
東横線が主要路線の私や家族にとっても、今回の
線路付け替えは一大事である。
私にとって東横線は「銀座線や山手線のフィーダー」
電車だった。一番前の改札を出て真っすぐ行くと登り
階段があり、それを登ると地下鉄銀座線。外苑前で
降りれば神宮球場、秩父宮ラグビー場、国立競技場。
新橋まで使っていたのは会社員時代。表参道、赤坂
見附を使い倒したバブル時代… 行きも帰りもこの
「東横線=銀座線」のコンビはずいぶんと使わせて
もらった。それに次ぐのが山手線との接続。これは
ホーム中ほどの階段を降り、南口から乗り継ぐことが
多かったが、小学校高学年の頃の四谷大塚や日進
通いに始まり、中学~高校~(途中1年間代々木で
途中下車を強いられたが) 大学と都合11年間学芸
大学~早稲田(渋谷・高田馬場経由)という定期券を
持ち続けた。これがまた便利な定期で、新宿・原宿・
渋谷・自由が丘… 途中下車し放題の定期だった。
そんな乗り換えも、もうできなくなる。通期や通学で
東横線からの乗り換えをしていた人たちは、電車の
時間、乗る車両とドア、乗り換えの導線をすべて書き
換えなければならない。月曜日の朝は乗り換え難民で
渋谷駅はごった返すのではないだろうか?
最後にこのホームを通ったのは新年のバンド練習の
時。この前の日曜日に写真を撮りに行こうかと思って
いたのだが、思い出の全てを切り取ることもできないので、
心の中にしまい込むことにした。4番線ホームのコーヒー
スタンドの脇にあった赤電話… 高校時代女の子に
電話するのによく使ったなぁ… 初夏のころは、柱のない
広々とした空間を吹き抜ける風がとても爽やかだった。
明日からは東横線に埼玉からの電車とその乗客が
流れ込んでくる… なんとなく、西ドイツの住民が東西
統合前に素直に喜べなかったという気持ちがわかる
ような気がする今夜。
何はともあれ、我が青春の東横線渋谷駅、
ありがとう、そしてさようなら!