エピドード7 高校最劣等性
エピソード6 高校最劣等性
ヒロヤマガタの学校の成績はどうだったのか?美術の成績はもちろん最高だったのか?
この質問は、よく聞かれました。
小学校の頃はよかったらしい。通知表は5段階評価で5か4だったそうです。しかし、それも低学年時の話で、学年があがるにつれてだんだんと、下降をたどる。小学校4,5年時の成績はとても悪かった。
両親ともに、特に父親が厳しくて、「勉強しろ」とうるさく言われたそうです。その甲斐あってか、6年生の時には急上昇した。しかし、中学校になると元に戻ってしまったそうです。それどころか、学年があがるにつれて、確実に下降していった。ところが、小学校のときと同じように、最終学年の3年生になると、また急上昇し、滋賀県立米原高校には優秀な成績で入学する。
その後は、いつものようにまた下降をたどることになった。とうとう高校3年の時には中間考査も期末考査も追試に次ぐ追試を受けることになる。全学年で下から5名ほどの追試受験者は、夏期講習を受ける義務があるにもかかわらず、本人はサイクリングのスケッチ旅行に出かけていた。(エピソード 3 参照 )
学校に呼び出された父親は、担任の教師に見せられた息子の教科書がデッサンで真っ黒に埋まっているのに、絶句したそうです。とうとう昭和42年度の卒業生の中では最劣等生となり、さいごは下駄をはかせてもらって何とか卒業させてもらった。
美術の成績はというと・・・。
「クセのある絵を描く」という評価で5段階の3だそうです。
しかし、在学中には県展などの地方団体主催の公募展には連続特選等受賞は多数している。
両作品とも高校生のときに描かれた作品。

