エピソード13 独学独行
エピソード13 独学独行
ヒロヤマガタは初上京してから、わずか数ヶ月後に初仕事を一発で採用、すぐ商品化してくれた広告会社に凄く感謝をしていた。なぜなら、高校卒業の学歴しかなく、美術の正規の専門教育を受けたことのない自分勝手の、言わばSELE–MADE MAN(独力独行)の描画技術でも、美大出の正社員を尻目に、堂々と一流のクライントの仕事をこなす実力を、フェアに評価してくれたからです。また、それと同時に、この世界はウマイかダメかの真剣勝負で、時々刻々に様相が変化する広告業界では、新しい情報を仕入れながら、絶えず自分自身にチャージ(充電)するように、不断に勉強しなければ取り残されることも勉強できたからです。
ヒロヤマガタは、次から次へと舞い込んでくるデザインやイラストの仕事を、それこそ、夜も寝ないで描きまくった。コカ・コーラやヤナセの外車など、外資系の広告の仕事が多く、結果、タイポグラフィやレタリングの勉強の必要性を痛感し、早速、身近な先輩イラストレーターから教えてもらう事にした。普通なら仕事上ではライバルなのだから嫌がるところが、先輩は当時二十歳になるかならないかのヒロヤマガタにたいして、とても寛大で、色々と貴重なアドバイスをくれたり、コツを教えてくれたそうです。
「僕は今でも、すごく感謝している。」という
夜の街で見てきたネオンサインの書体を、会社に戻って、ポスターカラーで再現してみたり、あのレタリングをこう変えれば、また、この赤のネオンを青に取り替えれば、などと習ったばかりの知識を総動員して、自分勝手のシュミレーションに興じていた、青春の一こまを懐かしそうに振り返っていた。
「僕の絵には、パリやアメリカの町の看板や街頭広告やネオンなどが沢山出てくるが、あれも当時勉強したことが、役に立っている。」
この頃、ヒロヤマガタはクライアントの依頼で、輸入外車の絵を描きまくっていた。お陰で、カー・イラストには強くなり、特にロングノーズやボックス型の高級クラシックカーは得意中の得意だった。ロール・スロイスとか、ベントレー、キャデラック、ベンツなどの車、それも1930年代から50年代のクラシックカーが、ヒロヤマガタの作品にはよく登場するが、これも、当時の基礎修練とヒロヤマガタ自身の青春へのノスタルジーが、まざったものだといっている。
ちなみに、この広告会社時代、仕事は歩合給だったので、多いときは、月に200-300万は稼いでいたそうです。
しかし、この仕事もあっさり辞めることになる・・・。(後のエピソードで)

