「日本のエッセンス 祇園祭」
ブログの更新が滞っていました。
しばらく出張に行っていました。
場所と時期はここ
『日本のエッセンス 祇園祭』2000年シルクスクリーン
京都の祇園祭の時期に行っていましたが、
街はまさにお祭りムード。町中から祇園囃子がつねになり響いてました。
実は、祇園祭とは1ヶ月ほど続くんです。ご存知でした?
鉾が巡航するだけが祇園祭ではないんですよね。
宵山に向けて準備が着々と進み、祭りの雰囲気が盛り上がってきてます。
浴衣の女性もチラホラ増えてきます。
当日はものすごい人。約40万人が祇園祭の期間に来るそうです。
ヒロヤマガタも祇園祭りは幼い頃に来ていたことでしょう。
祭りはドキドキする、一大イベントだったようですから。
「日本のエッセンス」のシリーズは、人気のあるシリーズですが、地域では一番描かれているのが
京都です。やはり滋賀県育ちになので、思いで深い場所、また、日本を感じれる場所なのでしょう。
いかに祇園祭の概要と日程を記します。
祇園祭は京都
の八坂神社
の祭りで、京都三大祭り(他は上賀茂神社
・下鴨神社
の葵祭
、平安神宮
の時代祭
)、さらに大阪の天神祭
、東京の山王祭
(あるいは神田祭
)と並んで日本三大祭り
の一つに数えられる。また、岐阜県高山市
の高山祭
、埼玉県秩父市
の秩父夜祭
と並んで日本三大曳山祭の一つにも数えられる。なお岐阜県高山市
の高山祭
、滋賀県長浜市
の長浜曳山祭
と並んで日本三大山車祭の一つともなっていて、日本を代表する祭である。7月を通じて行われる長い祭りであるが、神輿渡御や山鉾巡行や宵山が中心となる。宵山、宵々山には旧家や老舗での宝物の展示も行われるため屏風祭の異名がある。また山鉾巡行では文化財
が公道を巡るため動く美術館とも例えられる。
一説には869年
(貞観
11年)、疫病の猖獗を鎮める祈願を込めて、卜部日良麿が66本の矛を立て、神輿
3基を送り牛頭天王
を祀り御霊会
を行ったのがその起源であるという。970年
(安和
3年)から毎年行うようになった。その後、応仁の乱
や第二次世界大戦
などでの中断はあるものの、現在も続いており、千年を超える歴史がある。かつては祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)とよばれていた。その略で、現在でも祇園会と呼ぶこともある。
宵山には毎年40万人以上の人が集まり、祇園祭最高の盛り上りを見せる。一方、山鉾巡行・神輿渡御は、宵山ほどの人出はなく(それでもかなりの人出ではあるが)、祇園祭といえば前夜祭である宵山を先に思い描く人も多い。
ちなみに諺で時機を逃して用をなさないことを「後の祭り」というものがあるが、これは祇園祭の大一番である山鉾巡行・神幸祭神輿渡御が終わり、この後の祇園祭がたいしてメインとなるものがないことからこの諺が言われるようになったとされる。また、祇園祭は1966年
(昭和41年)まで「前祭」(7月17日)と「後祭」(7月24日)の2回に分けて山鉾巡行を行っていた経緯があり、「前祭」では山に加え豪華絢爛な鉾が多数巡行するのに対し、「後祭」では鉾の巡行が無く山のみの巡行で、小規模であることからこの諺が言われるようになったという説もある。
- 7月1日 - 吉符入(きっぷいり)。祭りの始まり。
- 7月2日 - くじ取り式。
- 7月7日 - 綾傘鉾稚児社参。
- 7月10日 - お迎え提灯。
- 7月10日 - 神輿洗い。
- 7月10日から13日まで -山建て鉾建て。分解収納されていた山・鉾を組み上げ、懸装を施す。
- 7月13日 - 長刀鉾稚児社参(午前)。
- 7月13日 - 久世駒形稚児社参(午後)。
- 7月14日 - 宵々々山。
- 7月15日 - 宵々山。
- 7月16日 - 宵山。14~16日をまとめて「宵山」と総称することもある。
- 7月16日 - 宵宮神賑奉納神事。
- 7月17日 - 山鉾巡行。下記
参照。
- 7月17日 - 神幸祭(神輿渡御)。
- 7月24日 - 花傘巡行。元々、この日に行われていた後祭の代わりに始められたもの。
- 7月24日 - 還幸祭(神輿渡御)。
- 7月28日 - 神輿洗い。
- 7月31日 - 疫神社夏越祭(えきじんじゃなごしまつり)。祭りの終わり。
