こっちに書いてあるのを掲載+引用。
ツイッターにこんな言葉がありました。
ショーペンハウアー(1788-1860)とはドイツの哲学者。
明治大正期の帝大生の間で流行した「デンカンショ節」の中にも出てきたりします(頭文字です)その影響か、彼の哲学は日本文化にも浸透していると言えます。
それはさておき。
このショーペンハウアーの言葉から考えてみると、人によっては面白い答えが出てきます。
でも、考えてみると…
自分が幸せである、ということを前提でいないとそれは実感できません。「自分は不幸だ」といえばいうほど、不幸の事項が大量に検索されて、出てきちゃいます。
たとえ、よい部分を持っていても「自分は不幸だ」と思い込んでる限り、不幸である現実を生み出してしまいます。
それが「幸せになりたい」と願っても、不幸であり続けるのです。
いわゆる引寄せの法則、というやつの超大前提。それなら、「自分が幸せである部分」にフォーカスすることが最優先だと思うのです。
幸せである部分、というより「こういう環境であること」に目を向けると極めてシンプルです。
あたたかい家がある。
美味しい食べ物を食べられた。
好みの衣服がある。
ぐっすり寝ることができる。
パートナーや家族が元気でいられた。
お金がもらえる会社に出会った。
健康な体でよかった。これだけでも、十分幸せだと言えますよね?
もし、自分が幸せじゃないとか思っていたら、視点を変えてみて幸せだということを数えてみませんか。
幸せであることを見つければ見つけるほど、「幸せな自分」という設定が出来上がると思います。
ヤマイがつづくと、どうしても『不幸である部分』に目を向けてしまいます。
数値が基準値内じゃないとか。
体調が悪いとか。
湿疹が出てるとか。
それはしかたがないことなんだと思うんです。心のゆとりがまだないから。
だけど、いったん視点を変えてみると、違ったことを感じることができるんだと思うのです。
今日も元気で生きていた。
病院に通えるお金があった。
心を許せる友だちがいた。
単純なことだけどそれでいいんだと思うのです。