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skycafe canser station

2012年冬に甲状腺がんと判明された道産子女子のゆるめな記録。
2014年夏から「絶対に勝たなきゃいけない戦い」に入ります。

デトックス、という言葉が広まりつつあって。
これさえあれば体に入り込んだ薬を排出してくれるという。
私の周りでもそういうのをいう人が多くいます。
みんな「美と健康」を意識しているのです。

子宮内膜症など、婦人科系の疾患を抱えている人たちなんか特にそう。
市場に出回っているケミカルのものを使うと子宮が冷えて、子どもができないとか。
そういうことを平気で言う。
そういうのはなるべくスルーしておくけど、彼女たちがよくいってる「温めておくのがイイ」というのには一理あるなと納得。

がん患者というのは、平熱が低いというのはいうまでもなく。
石原結實氏の本などにも書かれているように、それはある程度事実といえる。

「体を温める」と病気は必ず治る―クスリをいっさい使わない最善の内臓強化法

Dr.石原メソッド 世にも美しい癌の治し方: --36.5℃命!!私の癌が溶けたわけ--


そして、冷え対策ということで一番メジャーなのが靴下療法(正しい名前はわからぬが)
絹の5本指靴下を重ね履きさせ、上から綿ソックスと。
これなら近所のイオンはどうかわからぬが、東急ハンズやロフト、Tabioあたりで買えそうな…と思ったが。

問題はイメージだった。

戦後直後生まれの父親にとって『絹の靴下』というと夏木マリのあの曲
イメージ的に抵抗があるのはいうまでもなく。




勧めてみたらあえて撃沈。


それを無理やり、というわけにはいかないのでほっておくことにしました。


※参考→がんナビ記事より『絹の靴下、湯たんぽ…冷えを取る工夫あれこれ』(「親ががんだとわかったら」はにわきみこさんより)


父のヤマイ。
昨年のうちに化学療法も終わり。
先月で放射線治療も終わったのを受けて。
先日、「快気祝い」をしました。

表上は「寛解」ということですが、副作用は相変わらず。
圧迫骨折で、コルセットが手放せません。
忘れた頃にやってくるむくみもしかり。

それでもフツーに過ごせているので、何とかなってるみたいです。







明日、2月19日で術後2年たちます。
こちらの状態としてはむちゃくちゃ安定しています。
飲んでいるホルモン調整のお薬は安定の2日に1回の処方です。
よく飲み忘れます。
手術痕は相変わらずですがw

こんなんですが、相変わらず元気です。

読売テレビの清水健アナウンサーの奥様が乳がんで亡くなったという。
しかも、昨年10月に生まれたばかりの子どもを残して。

このニュースをネットで見て、あまりにも切なかった。奥様の年令が29歳という若さもそうだけど、家族を残していくなんて。
そして、悲しみの作業について職場である読売テレビの配慮にも頭が下がった。
読売テレビ・清水アナの妻死去 番組復帰「メドは立っていない」@2015/02/13付スポニチ

そして、喪主挨拶も(デイリーより引用
「妻・奈緒をかわいがっていただいた皆さま方、そして温かいお言葉をかけていただいた皆さま方に感謝の言葉を申し上げるとともに、お詫びいたします。
 皆さまの大切な奈緒を力及ばず守ることができませんでした。申し訳ありませんでした。
 治療がどんなにつらくても、将来にどんなに不安があっても『私より周りがつらい』というのが奈緒の口ぐせでした。一度も涙は見せませんでした。
 11日午前3時54分、最後もみんなに心配かけまいと、静かに、穏やかに…。
 ただ、そんなやさしい、強い妻・奈緒ではありますが、今はその奈緒に泣かせてあげたいと思っております。どうか皆さまの心の中に奈緒が現れましたら、一緒に泣いてやっていただければ幸いです。
 あまりにも早すぎて、あまりにもつらい現実で、どう受け止めていいのか…。
 ちょうど1週間前、妻は『まだまだ私はいい妻でいたい、まだまだ私はいいママでいたい』と、そう話していました。でも胸を張って、立派に、いい妻だった、いいママになったと言ってあげたいなと思っております。
 息子が誕生して3カ月になります。2日前、初めて寝返りをしました。その姿を見せてやりたかった。
 悔しい思いでいっぱいだったと思います。心残りもあると思います。ただピリオドとは全く思っていません。この子の成長を、今後も奈緒とともに歩んでいきたいと思っています。
 皆さまの今までの気持ちに感謝するとともに、この子の成長と、また今後の奈緒を見守っていただければと思います。
 こんな僕ではありますが、すばらしい妻を持ちました。1年9カ月の結婚生活、大事な大切な宝物になりました。
 奈緒、ありがとう。
 改めまして皆さま、本日は本当にありがとうございました。」
 (※これまで奈緒さんの本名についてはプライバシーに配慮し、伏せてきましたが、この日、遺族の意向で写真とともに公表されました)


悲しみの作業は、簡単には終えることはできない。
時間をかけていくことで少しずつ浄化できるのではないかと。
その喪失感はかなりのものだと思うが、いつかテレビの中に戻ってくれるのを願っています。



午前中に病院があったこともあり、診察が終わってから夫婦で映画に行ったそうな。
かねてから見たいといってたけど、長時間だし、体調が…ということでなかなか機会がなかった。

ちなみに見た映画は「KANO~1931海の向こうの甲子園」といって、かつて台湾の学校が甲子園に出たという史実をもとに作られた物語。

私が見ていないということもあるのでなんとも言えないが、内容としてはすごくよかったそうな。
「野球が好きならぜひ見るべし!」とすすめられた。