すぐそばにリアルの美女が、あられもない肢体を見せてくれているのに…、ゲームのディスプレイからちらりとも視線をそらさない若者たち…。ある意味、シュールな光景ですよね。
「ゲームVS.美女のおっぱい――果たしてゲーマーが選んだのは?」
ロシアでは、プロのゲーム対戦チームというものが存在しているみたいです。野球やフットボールのように勝敗をめぐって競技をパフォーマンスとして行うスポーツは普通にありますが、それらと同様のものとして行われたのでしょうか。
あるいはゲーマーの気をそらそうとするのではなく、美女のチア・リーディングとして行えばよかったのかも。
記事はリアルの美女がゲームに敗れたのだと結論付けていますが…。
もっとも、ゲームの世界で何かの作業に集中することと、現実世界の中でリアルな人たちと一緒にプロジェクトを進めることとは、大きな感覚的隔たりがあるのはわかりますよね。
関連して、3DCGで構成された美女がリアルに近づくほど、ゆわゆる「不気味の谷」と呼ばれる、心理的障壁のようなものが表れることが知られています。
この現象、音楽制作の際に、シンセサイザーが生楽器をシミュレーションしようとするときには現れないのでしょうか。私自身の経験では、微妙なところです。
PCを使用して音楽制作している際でも、私は奏でている内的イメージを大切にしています。しかし例えば、オーディオ編集によって音楽を作る人たちにとっては、その作業感覚は、かつての楽器を奏でるリアルな奏者とはかなり隔たっているのではないでしょうか。
ただ一般的には、シンセサイザーやヴォーカロイドなどのテクノロジーがリアルの演奏者に置き換わってしまうという現象は、最近の音楽シーンではよくあることです。
はたして、テクノロジーはリアルな奏者に勝利してしまうのでしょうか…。
(2009-11-13 18:37:56)