(『新・人間革命』第7巻より編集)
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〈萌芽〉 34
それだけに、質問会を担当するには、信仰への、あふれる大確信と、理路整然とした明快さと、臨機応変な対応力が、必要となる。
また、幹部が、活動の打ち出しと、一方通行の指導だけでよしとするなら、皆の心は、離れていってしまうことを忘れてはならない。
質問会は、初代牧口会長以来、創価学会の伝統であった。座談会といえば、牧口が中心となって、新来者などの質問に答えるかたちで進められてきた。
戸田城聖もまた、会合や講義の折に、可能な限り質問会を行ってきた。
戸田はよく、経典自体が、無門自説の方便品を除いて、すべて質問会になっていると語っていた。
そして、仏の説法の会座に集まった、発起衆、影響衆、当機衆、結縁衆の四衆を、現代の質問会の参加者にあてはめて、わかりやすく述べたことがある。
「発起衆は、・・・、これは、質問会で皆を代表して質問する人である。
また、影響衆は、・・・、質問会でいえば、たとえば病気の質問に対する指導を聞いて、自分もこういう体験があるといって、その体験を語り、指導を助ける人が、これにあたる。
さらに、当機衆とは、・・・、その病気の指導を聞いて納得し、自分も必ず治るのだと知り、確信をもつ人といえる。
結縁衆は、未来に得益すべき縁を、その場で結ぶ衆生のことである。質問会での指導を聞いて、”それならば、私も信心して、もっと理解を深めていこう”
と決意する人が、これにあたる」