(『新・人間革命』第6巻より編集)
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〈波浪〉 2
「はあ・・・」
伸一は、戸田城聖に仕えた時から、命を捨てる覚悟はできていた。だから、何も恐れなかった。
もし学会に攻撃をしかけるものがあれば、自分が盾となって仏子を守り抜き、指一本触れさせまいと決意していたのである。
だが、自分と同じ自覚に立つべき首脳幹部に、その思いも、気迫も見られないことが、伸一は情けなく、残念でならなかった。
四国本部幹部会の会場となった香川県立屋島陸上競技場のある屋島は、源平の古戦場で知られるところである。
源義経は、一一八四年の一の谷の合戦に続いて、翌年二月、この屋島の戦いで再び平家を破り、長門壇之浦(下関市内)に追い込んでいる。
四国本部にとって、三万余の同志が参加し、会長就任三周年への出発をする今回の幹部会は、未来の広宣流布の命運を決する集いといえた。
それゆえに伸一は、この幹部会に義経の心意気で臨み、全同志の総決起を促し、四国の勝利への突破口を開こうとしていた。
会場には、早朝から続々と人びとが詰めかけ、正午前には、スタンドも、グランドも、約三万人の参加者であふれた。
伸一は、予定している参加者が、既に集まっとことを聞くと、開会時刻を早めるように指示した。
学会本部への脅迫電話は、単なる脅しであるのか、あるいは、実際になんらかの妨害を計画しているのか、伸一にも予測がつかなかった。
そこで彼は、皆が集まり次第、直ちに幹部会を開始し、当初の開会予定時刻には、終了してしまおうと考えたのである。
今年も大変にお世話になりました。来年は、一月三日より、またよろしくお願いいたします。どうぞ、よいお年を!