その人は、脚本に関しては素人ですが、素敵な感性と魅力的な個性を持った雅やかな女
性です。いつだったか彼女に、「もしも君が、外国の人をもてなすとしたら、どんなもて
なしをする?」と問いかけました。以降、大まかな会話を脚本形式で続けましょう。
彼女「もてなすって、料理でですか?」
坂本「それでええよ。君が好きな外国の俳優を思い浮かべて」
彼女「(誰かを想像している)……」
坂本「その人をもてなすとしたら、どういう料理にする?」
彼女「ん~……何でもいいっすか?」
坂本「ああ、ええよ(と、あえて口を閉ざす)」
彼女「そうですねえ……沢煮汁はどう?」
坂本「サワニジルねえ……まあ、期待どおりの答えをくれたねえ」
彼女「和風ってことっすか?」
坂本「うん。で、何で沢煮汁なん?」
彼女「外国の人って、味噌や醤油の味を知らないでしょう。じゃけえ、それを教えてあげ
よう思ォて。大根やニンジン、ゴボウを千切りにしていっぱい入れて、それを醤油味で
……OKっすか!(親指と人差指でL字を作って胸の前にかざす)」
坂本「(笑みを浮かべて)ゥん、そうか」
とりあえず納得したあとで、この質問の意図が「テーマやストーリーを考える中で、ど
うイメージを膨らませる(展開)させるかを説明するためのネタ集め」であると話しまし
た。彼女は「ふ~ん」といった感じで聞いてました。
彼女は琴を嗜(たしな)んでいるので、その方向の答えが返るかと思っていましたが、
それを誘発したのでは訊いた(取材の)意味はありません。だから彼女の答えに待ったを
かけず「料理」の案を受け入れました。しかし料理の内容が「和風」でなければ、ネタと
して書き残すものの、先へ進んで「検討扱い」にしたでしょう。ありきたりですが「外国
人のもてなしは和風にしたい」という前提を持っていたからです。「琴」の思惑は外れま
したが、路線は続きました。感謝のひとときです。
漠然としていますが、「外国人のもてなし」がテーマ(正確にはテーマの軸)に相当し
ます。彼女は、それをさらに絞り込む質問をしてきました。「料理で?」がそれです。素
人ですが、彼女の素晴らしさがそこにあります。テーマを決めるにしても、おおまかだと
そこからイメージするものも違ってきます。特に(放送局などの)依頼で書く場合は「何
を求めているのかを絞り込む質問」が重要です。方向性を明確にすれば自分もイメージし
やすくなります。相手との談義がない場合は、自問自答で行います。
ともかく、飛び出したネタ「沢煮汁」で進めてみます。その理由づけである「醤油の味
を教えたい」が、人物の動機につながります。より深い動機を織り込むなら、その人物が
醤油にこだわる姿をイメージしていきます。醤油に深いものが見つからないなら、沢煮汁
自体で探します。たとえば、それがその人物の母の味だとしましょう。「これを是非大切
な外国人に味わってもらいたい」と考えます。
ここで三つの展開があります。新事実として「母の味」「大切な人」「教えてあげたい」
という簡単なものから、「味わってもらいたい」という深みを増した気持ちの表れです。
このように観点を替えてイメージを展開させます。母親や大切な外国人のイメージは、ま
た別に考える課題として書き残しておきます。こうして「人物」や「背景」を固めていき
ます。
仮に、彼女が沢煮汁ではなく別の案を提示したとしましょう。だからといって「即却下
するのではなく、書き留めておいて先で検討する」ぐらいの課題レベルとして残しておき
ます。そして、人物や背景が固まるにつれて、この分岐点に戻って「採用と却下」を決め
る必要があります。結論を言うと、課題として残していた「別の案は却下」できます。理
由は、当初の「和風願望」が強いのと、ここまで「方向性が固まった」二つがあげられま
す。分岐点の存在は常に意識しておきますが、仮に忘れて随分先で気づいたときには、こ
だわらず切り捨てるほうがいいでしょう。「忘れたのは、そんなに重要ではなかった」と、
楽観的な考え方も必要です。
展開してきたものをまとめてみます。「OLのA子は、心から語り合える外国人の男性
が来日する折に、母親直伝の沢煮汁を中心に和の心でもてなそうと決意する。来日まで、
その準備や自分流を織り交ぜようと思案する奮闘の日々を過ごす。そして来日の日、空港
に迎えにいったA子は……」となり、大まかな骨子が固まりました。さらにテーマは、当
初簡単だった「外国人のもてなし」から、「和の心で大切な外国人をもてなす女性の○○
○な姿」に膨らみました。「○○○」の部分が最終的にストーリー展開していき、メッセ
ージを残す要素になります。ストーリーのおもしろみとしては、母親の沢煮汁に加えて自
分流の和風料理も織り交ぜて、「○○○」部で斬新さが出せれば、ユニークなドラマにな
っていくでしょう。