今年2月に入塾した塾生Aさんは、掌編・短編小説を主に創作していました
が「脚本も書いてみたい」とのこと……。そこで四百字詰め原稿用紙30枚程度
の作品を書いてもらいました。
塾生Aさんが創作した脚本『放課後泥棒』の公開許可をいただいたので掲載
します。感想などあればコメント欄にお願いします。
※ シーンの柱は S1 S2 … と標記しています。
※ 脚本右横の【P1】【P2】…は四百字詰め原稿に対応したページ数です。
今後の予定として、当該作品を坂本が補作(変更・削除・加筆)したものを
掲載し、さらに補作ポイントを解説していきます。お楽しみに!
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タイトル『放課後泥棒』 作・塾生A
【事前説明】
集合住宅:A棟、B棟、C棟の三棟から成り、
それがコの字型に配置されている。裏に横長
の駐車場。コの字中央部に小さな公園。一階
部分は複数の通路になっており、駐車場につ
ながる。
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S1 集合住宅・A棟・2F通路(昼) →【P1】
壁に囲まれ薄暗い通路。
息を切らして走るパツキン(12)。金髪、
マスクで目付きが悪い。
追いかける遠藤康太(12)。
康太がパツキンの服を掴む。
康太「(早口で)12345678910!」
パツキンは振り払おうとするが、観念し
てへたり込む。
S2 同・公園(昼)
ドス、水谷、少年A、B、C、D(12)
が集まっている。
康太「これで全員捕まえたな(とパツキンを
掴んで歩いてくる)」
パツキン「康太速すぎ……」
水谷「では、僕はそろそろ」
康太「え!? 水谷帰ったら一人足りなくなる
じゃんか!」
水谷「塾があるので(行く)」
そっと手を振るドス。 →【P2】
康太「どうすんだよ」
パツキン「康太のチーム、一人少なくすりゃ
いいじゃん。ハンデでさ」
康太「(考える)」
公園横道路を越前宗也(12)が歩いてい
る。
康太「お。(走っていく)」
S3 公園横道路
康太「そこのお前、何やってんだよ!(と越
前の肩を叩く)」
越前「通学路の確認ですが」
康太「つまり、暇ってことだな!」
越前「はぁ……」
S4 集合住宅・公園
康太「呼んできた(と越前を連れてくる)」
越前「(康太に)あの、何ですか?」
康太「ドロケイに入れてやる!」
越前「ドロケイ?」 →【P3】
康太「知らないのか!?」
越前「……」
康太「ま、やりながら覚えてもらうか」
パツキン「(立ち上がり)誰と誰でとりとり
?」
康太「(笑って)こいつにさせてみねえ?
えっと――」
越前「越前です」
康太「じゃあ、越前とさっき最後まで残った
パツキンで」
パツキン「OK」
越前「(康太に耳打ち)何故不良が?」
康太「(笑って)不良じゃないって! あり
ゃ地毛だ」
パツキン「(越前に)とーりとり、じゃんけ
んほい(グー)」
越前「え?(チョキ)」
パツキン「よっしゃ! 康太もーらい」
ドス「大人気ないなあ……」
越前「これは?」 →【P4】
康太「この中から一人ずつ選んでくんだよ。
チーム分けだって」
越前「……じゃあ、この人で(とドスを指さ
す)」
康太「ドスか。顔に似合わずドスのきいた声
だろ?」
ドス「声変わりしてるだけだよ……」
越前「(後退り)」
ドス「本気で怖がらないで!」
パツキン「次誰にしようかな――」
× × ×
康太「こんなところか」
康太・パツキン・C・Dと越前・ドス・
A・Bが向き合う。
パツキン「じゃんけんぽん(パー)」
越前「(グー)」
パツキン「泥棒は俺達からな~」
パツキンチームが逃げ去る。
ドス「(越前に)警察の僕らは、今逃げた泥
棒達を捕まえて、この公園に連れてくるん →【P5】
です」
越前「結構大変そうですね」
ドス「あ、連れてくると言っても、服を掴ん
で十数えたら泥棒は抵抗禁止です!」
少年A「ま、康太が相手チームにいるんじゃ
一日警察で終わりかもな」
越前「そんなに速いんですか?」
少年A「水谷がいれば作戦で追い込んでくれ
るけど、今日はもう帰っちまったし」
越前「とりあえず捕まえますか(風のように
走り去る)」
ドス「へ?」
S5 同・駐車場
康太「水谷は帰ったし、真っ向勝負なら捕ま
る気がしねえや」
視線の先に人影。
見ると、越前が凄い速さでCを捕らえて
いる。
康太「(微笑)少しは楽しめそうだ」 →【P6】
S6 同・公園
にドスだけ。
越前がCを連れてくる。
ドス「もう捕まえたの!?」
少年E「コイツ足速すぎ」
ドス「あと三人か」
越前「いえ」
Dが歩いてくる。
越前「二人です」
ドス「(愕然)」
パツキン「(壁の陰から様子を見て)やるな」
越前「(パツキンに気づき走り出す)」
パツキン「やべえ(と逃げる)」
× × ×
越前がパツキンを連れてくる。
少年C「こんな序盤に三人捕まるとは……」
パツキン「康太が逃がしてくれるって」
越前「逃がす?」
パツキン「捕まった泥棒は、この木の周り →【P7】
(と木に手を置き)牢屋にいるとき、まだ
捕まってない泥棒にタッチされれば、脱獄
できる。そしたらまた捕まえ直し」
ドス「(越前に)もしよければ、僕と交代し
て看守やってみませんか?」
越前「看守? 牢屋を見張ってればいいです
か?」
ドス「(嬉)」
× × ×
捕まった泥棒三人と越前だけの公園。
パツキン「随分足速いよな。スポ少入ってる
とか?」
と越前と話し歩き、牢屋から遠ざかるよ
う誘導している。
越前「いえ、そういうのは」
パツキン「いくら速くても、残りの康太は手
強いぜ」
越前「一番速いんですか(と牢屋を見て)あ
っ」
康太「パツキンナイス!」 →【P8】
と飛び出してきて牢屋に走る。
康太にタッチされた泥棒二人と康太が散
り散りに逃走。
パツキン「大成功!」
踵を返して追いかける越前。
公園から出る前のC、Dにすぐ追いつき
越前「(Cの服を掴んで)1234――」
× × ×
越前「(Dの肩を掴んで)――5678910」
公園を出て、走りながら振り返る康太。
康太「んな馬鹿な」
とB棟1F通路を通り、駐車場を走る。
後ろに来た越前が距離を縮める。
康太「直線なのにッ」
A棟1F通路に曲がる康太。追う越前。
再び公園に戻る康太。
越前の手が康太の服に一瞬触れ、康太が
引き離す!
パツキン「康太!(と手を伸ばす)」
康太「(牢屋に手を伸ばし)クソォ!」 →【P9】
と後一歩のところで地面に倒れこむ。
越前「12345678910(と康太を抱え
る)」
パツキン「一人で全員捕まえちまった……」
少年C「こんなのアリか!」
少年D「間違いねえ……康太より速い!」
康太「(怒)認めない……認めないぞ!(土
を掴む)」
S7 同・公園出口(夕)
帰る越前。見送る一同。
ドス「すごかったね……」
パツキン「(越前に)また来いよー(と手を
振る)」
康太「(小声で)……二度と来るな」
S8 学校・教室(日変わり)
ザワついた教室に教師が入る。
教師「座って座って」
生徒達が全員席に着く。 →【P10】
教師「(ドアに)入って」
越前「(入って康太を見て)あ」
康太「(目があって)あ!」
教師「エスシー学園小学校から転校してきた
越前だ」
ザワつく生徒達。
水谷「エスシーと言えば、全てにおいて優れ
た天才だけが入れるエリート校ですよね」
康太「何でそんな奴が六年にもなってここに
来るんだよ」
水谷「親の転勤ですかね? いや、そんなに
遠い学校ではないし……」
康太「(考える)」
× × ×
放課。席に座っている越前。
水谷「(来て)学級委員の水谷です。よろし
く」
越前「君が策士の」
水谷「どうして僕のことを?」
パツキン「(来て)昨日あれから、一緒にド →【P11】
ロケイしたんだ。そのとき話した。コイツ
めっちゃ速えからな」
水谷「その越前君と偶然同じクラスに? 出
会いって不思議ですね」
パツキン「(越前に)今日の帰りも来るか?」
康太「(来て)ちょっと待った」
越前「?」
康太「昨日は人数が足りなかったから入れて
やったが、今日はわけが違う」
パツキン「人数なんていつも違うだろが」
康太「大体、何でわざわざこんな学校に来た
んだ。折角厳しいお受験を勝ち抜いたのに」
越前「(顔を背け)僕の自由でしょ」
康太「ほう(意味深な笑み)」
パツキン「ハイハイハイ。じゃ、学校終わっ
たら昨日の場所に集合な!」
S9 集合住宅・公園(昼)
康太、パツキン、ドス、水谷、A、B、
C、D、Eが集まっているところに越前 →【P12】
が来る。
水谷「越前君!」
康太「(舌打ち)」
水谷「皆揃ったことですし、始めます?」
パツキン「水谷、俺ととりとりだ」
水谷「いいでしょう」
パツキン、水谷「とーりとりじゃんけんほい
(手を出す)」
パツキン「うし、越前もらい!」
水谷「あれ、康太君ではなく?」
パツキン「だって越前の方が速えし」
康太「(鬼の形相)」
水谷「(康太を見て)ヒッ! つ、次からと
りとりやめましょう!」
パツキン「何でだよ」
水谷「(必死に)こ、康太君と越前君が絶対
違うチームになっちゃいますし!」
× × ×
康太・水谷・ドス・C・Dと越前・パツ
キン・A・B・Eが向き合う。 →【P13】
水谷、パツキン「じゃんけんぽん(手を出す)」
パツキン「泥棒だ!」
泥棒が散り散りに逃げ出す。
ドス「越前君が泥棒……捕まる気がしないよ」
水谷「僕に良い考えがあります」
S10 同
水谷(OFF)「彼はまだこのマンションに
疎いはず」
B棟1F通路でドスが越前を追いかける。
水谷(OFF)「先回りして逃げ道を塞ぎ」
駐車場に飛び出す越前。正面に待ち構え
るCを避け左に曲がる。
水谷(OFF)「一直線に走らせ」
駐車場を走る越前。左を見るが、Dが逃
げ道を塞いでいる。
水谷(OFF)「A棟の凹みに潜む康太が捕
まえる!」
A棟の壁面凹み部分から越前の正面に現
れる康太。ニヤリと腕を広げる。 →【P14】
だが、触れることもできず通り抜けられ
る。
康太「(半泣き)何でだよォ」
とがむしゃらに追いかける。
S11 遠藤家・ダイニングキッチン(夜)
机上に白紙の原稿用紙。
その前に座り、鉛筆を回しため息をつく
康太。
栞奈「宿題進んでないみたいだけど?」
とキッチンから顔を出す康太の母、遠藤
栞奈(41)。
康太「自分の特技を発表するんだけど……」
栞奈「コウちゃんは足が速いことね!」
康太「でも、俺が一番じゃないから……」
栞奈「メダリスト以外は遅いってこと?」
康太「そういうわけじゃ……。クラスに俺よ
り速い奴がいて発表しづらいんだよ」
栞奈「(考えて)人はね、二つ特技があれば
特別なの。速いのは足だけじゃないでしょ →【P15】
?」
康太「?」
栞奈「計算もじゃない!」
康太「まあ、ずっとそろばん習ってるし」
栞奈「走ることだけ得意な人は山ほどいるわ。
計算だけ得意な人もね。でも、両方となる
と……?」
康太「そうか……わかった気がするよ母さん
!(書き始める)」
S12 学校・教室(日変わり)
放課。
康太「絶対ワケアリだぜ。見たろ、転校理由
聞いたときの越前」
パツキン「困ってるようだったけどな」
康太「つまりワケアリってことだ」
パツキン「……」
康太が教室を見渡すと、越前がドスと話
している。
ドス「へー、越前君は物知りだね」 →【P16】
康太「(行って)俺にも教えてくれよ」
越前「?」
康太「何でこんな時期に転校してきたんだよ」
越前「そんな話じゃなかったんだけど……」
康太「ごまかさずにさ」
越前「いや、まあ」
康太「言えない理由でもあるのか?」
越前「(怒)何だっていいじゃないか」
康太「お、図星?」
パツキン「(割り込んで)おい康太。越前に
だけ酷くないか?」
康太「ただ質問してるだけじゃん。どこが酷
いんだよ」
越前「ごめん(行く)」
康太「……」
ドス「越前君可哀そう……」
パツキン「越前が嫌がってるだろ!」
康太「何だよ越前越前と!(行く)」
× × ×
授業中。生徒達は黙々と算数の問題用紙 →【P17】
を解いている。
康太(M)「あんな奴!(と答えを書き殴る)」
教師「全部終わった人から提出な」
康太が越前の方を窺う。
越前が立ち上がる。
康太「なっ!」
越前「終わりました(と教壇に用紙を提出)」
教師「早いなあ」
半分しか解いてない康太の用紙。
焦って続きを解く康太。
S13 悪夢
暗闇の中、越前、パツキン、ドス、水谷
が笑って走っていく。
康太「待てよ皆! 待ってくれー!」
と手を伸ばして追いかけるが、追いつけ
ない。
友人の姿は遠く消える。
× × ×
遠藤家リビングのソファでハッと目を覚 →【P18】
ます康太。
栞奈「大丈夫? 随分うなされてたけど……」
康太「(息が荒い)」
S14 学校・教室(日変わり)
授業中。
少女A「これで私の発表を終わります(着席)」
拍手。
教師「では次、越前」
越前「はい(と立ち上がる)」
康太が見る。
越前「僕の特技は、チェロです」
康太「(愕然)」
越前「幼少期からレッスンを受けており、幾
多のコンクールで受賞しています。チェロ
を始めたきっかけは――」
康太(M)「越前にとって、走ることも計算
も、特技ですらないんだ……」
越前の声が遠くなっていく。
× × × →【P19】
教師「次、遠藤」
康太「(我に返り)ハイッ(と立ち上がる)」
作文用紙を持つ手が震える。
× × ×
(フラッシュ)
越前「走ることと計算が特技? あの程度で
?(冷笑)」
× × ×
教師「どうした?」
康太「宿題忘れました」
教師「(ため息)ちゃんとやってこいよ。次
――」
S15 集合住宅公園横道路(数日後・昼)
一人下校する康太。
横から騒ぐ声が聞こえ、それを見る。
公園で皆が遊ぶ姿。それを横目に通り過
ぎる。
S16 集合住宅・C棟1F通路 →【P20】
越前、ドス、水谷が歩いている。
越前「最近康太君来ないね……なんだか僕を
避けてるような」
ドス「そんなことないよ! 多分……」
越前「特に理由はないはずだからね」
水谷「誘ってはいるんですが。あれで康太君、
結構プライド高いとこありますからね……
越前君がそれを逆なでしていると感じてる
のかも」
越前「え、そんなつもりは」
水谷「自覚なくってことも」
越前「自覚がない……」
× × ×
(フラッシュ)
一ノ瀬少年(12)の不気味な笑み。
× × ×
越前「(愕然)そんな……」
水谷「まあ、越前君は何も悪くないんですけ
どね(苦笑)」
→【P21】
S17 遠藤家・リビング(昼)
テレビゲームをしている康太。
栞奈「またゲーム? 最近ずっとじゃない。
小学生なら外で遊びなさい!」
康太「ガキの遊びには飽きた」
栞奈「(呆れて)何言ってんの……買い物行
ってくるね。七時頃帰るから留守番よろし
く」
康太「(ゲームに夢中)」
ため息をついて部屋から出ていく栞奈。
S18 分かれ道(夕)
ドスと水谷は右、越前は左の道へ行く。
ドス「僕達はここで」
水谷「(越前に)康太君にはとりあえず謝っ
ておくのが吉ですかね」
越前「謝るって……」
水谷「それでは(ドスと共に行く)」
越前「……余計傷つけるだけだ。僕には分か
る」 →【P22】
S19 遠藤家・リビング(夜)
テレビゲームをしている康太。
栞奈「ただいま(と入り、怒って)あ、まだ
やってる。ゲームは一日一時間まで」
とコントローラーを取り上げる。
康太「あ」
栞奈「だいたい、宿題終わったの!?」
舌打ちして部屋を出て、家から出る康太。
栞奈「あ、こら待ちなさいこんな時間に!」
部屋を出て、玄関ドアから顔を出す栞奈。
栞奈「すぐ帰ってらっしゃいよ!」
S20 歩道(夜)
康太「母さんの言うことなんて(とぼとぼ歩
く)」
後ろから走る足音。
ジャージ姿で走るパツキンが康太を追い
越す。
走って追い、横に並ぶ康太。 →【P23】
パツキン「お、康太」
康太「こんな時間に何やってんだよ」
パツキン「見てのとおりだ。毎晩走ってる」
康太「よくやるな」
パツキン「……最近遊びに来ないけど、どう
したんだよ」
康太「そんなことないって」
パツキン「あるって(目で迫る)」
康太「……俺が行く必要ないじゃん」
パツキン「?」
康太「俺より速い奴がいるんだから」
パツキン「どうしてそうなる(笑う)」
康太「……」
パツキン「足が速いから遊んでるわけじゃな
いっしょ」
康太「じゃあ何で……何で俺なんかと」
パツキン「何でって言われてもな……康太だ
から?」
康太「え?」
パツキン「確かに越前の方が速いかもしれな →【P24】
い。でも、康太は康太のままだろ? 何か
変わるのか?」
康太「俺は……」
パツキンが足を止め、康太も止める。
パツキン「(荒い息)」
とポケットからストップウォッチを取り
出し見る。
パツキン「昨日の俺より速くなった」
康太「……」
パツキン「明日もドロケイするからな」
S21 集合住宅・公園(日変わり、昼)
に集まる越前、パツキン、水谷、ドス、
A、B。
パツキン「今日はこんだけ?」
歩いてくる康太。
それを見る仲間達。
康太が仲間達の下へ。
康太「(照れて)久しぶり」
パツキン「待ってたぜ」 →【P25】
× × ×
木の近くには越前が立っている。
それを康太がうろうろして見張っている。
無言の二人。
康太「(気まずい)まさか俺がいない間に越
前を捕まえられる程になっていたとは……」
越前「(気まずい)水谷君の作戦勝ちかな」
康太「えっと、まあ水谷って――」
越前「(公園の外を見て)あ、あ……どうし
てここに(怯える)」
康太「越前?」
公園に入ってくる一ノ瀬、少年F、G、
H(12)。制服(ブレザー)を着ている。
一ノ瀬「久方ぶりだね、越前宗也君」
康太「誰?」
越前「(怯える)」
一ノ瀬「それほど驚くことかね? 文化博物
館への立ち寄りついでに、君の自宅にも伺
っただけさ。なに、時には貴重な時間を割
いてでも、伝統ある芸術を賞玩するのも悪 →【P26】
くないと思ってね。しかし聞くところによ
ると、ここで来る日も来る日も低俗な遊戯
に興じているそうではないか」
越前「はい……」
一ノ瀬「(驚)なんと。聞き違いではなかっ
たのか。転校後とはいえ、誉れあるエスシ
ーの学徒が、このような連中と投合すると
は……嘆かわしい限りだ」
越前「はい……。では、これ以上貴重なお時
間をお取りするのも忍びな――」
一ノ瀬「(遮って)まあ待ちたまえ。転校後
は温ま湯に浸かるような生活を強いられて
きたのだろうが、それで君の将来が閉ざさ
れてしまったわけでは、ない」
越前「?」
一ノ瀬「義務教育の時間は打つ手なしとしよ
う。が、今の時間はどうだい? いくらで
も使い道はあろう」
康太「(イライラ)」
一ノ瀬「フフ、一時的な気の迷いは誰にでも →【P27】
あるもの。さあ、我々と共に来たまえ。歓
迎するよ(と手を差し伸べる)」
手を取ろうとしない越前。
手を戻す一ノ瀬。
一ノ瀬「これは一体どういう了見だい? 越
前宗也君」
越前「……今は、この木の周り――牢屋から
出られないんです。仲間が助けてくれるか
もしれないから」
一ノ瀬「(顔をひきつらせてから笑みを浮か
べ)そうかそうか、君はそういう奴だった
な。自分より劣る者を巧みに探し出しては
悦に浸る。敵わぬ猛虎に挑もうとはせず、
手近な羽虫を潰して自尊心を満たす。そう
して流下の摂理に身を委ね、下流下流へと
流された挙句転校とは、とんだお笑い種も
あったものだ」
笑うF、G、H。
越前「ここで言わないで……」
一ノ瀬「(呆れ)それでいて我々の最後の情 →【P28】
けすら無下にする。全く、飽和しきった虚
栄心には手の付けようもない」
越前「やめてくれ……」
康太「(我慢)」
一ノ瀬「鶏口牛後など奴隷道徳を正当化する
まやかしに過ぎない。化けの皮を剥げば、
臆病者の烙印に怯えるだけの哀れな世迷言。
(嘲笑い)もしや、君にとっては座右の銘
だったかな? が、与えられた吹き溜まり
に安住するだけの君は、満足した豚に他な
らない!」
越前「(涙目で)黙れ!」
一ノ瀬の股間を思いきり蹴る康太。
悶絶する一ノ瀬。逃走する康太。
一ノ瀬「アレを追え!」
F、G、Hが追い始める。
越前「……」
一ノ瀬「(越前に)何を突っ立っている!?
君も手伝いたまえ! 見たろあの野蛮を!」
動かない越前。 →【P29】
一ノ瀬「私があらゆる面において君に勝って
いること、よもや忘れたわけではあるまい
な(と越前の肩に手を置く)」
怯えた越前は走り出す。
一ノ瀬「エスシーの我らに楯突くとどうなる
か、思い知らせてくれる(走る)」
S22 同・B棟3F通路
匍匐して牢屋の様子を見ているパツキン、
ドス。
水谷「(来て)見つけた!」
パツキン「(立って)待て待て! あれを見
ろ!」
水谷「その手には――(牢屋の方を見て)ん
? 絡まれてる?」
パツキン「なんかエラいことになってないか
?」
ドス「あっ、追いかけ始めた」
水谷「(二人を見据え)僕に良い考えがあり
ます」 →【P30】
S23 同・B棟2F通路
階段を駆け登り、通路に出るF、G。
少年F「足音が聞こえた! こっちだ!」
少年G「誰かいる!」
暗闇の人影を見るF、G。
暗闇に薄っすら見えるのはパツキン。
ドス(OFF)「(怒声)おどれら、ワイの
マブダチに手ェ出したらどないなるかわか
っちょるやろなぁ!」
少年F、G「(半泣きで)ヒ! すみませー
ん!(逃走)」
逃げ道(1F通路)でHに出会う二人。
少年H「どうした!?」
少年F「(荒い息で)あいつと関わっちゃい
けない! 反社会的勢力とのパイプが!」
少年H「!?」
× × ×
水谷「やりましたね」
ドス「が、がんばったよぅ(陰から出てくる)」 →【P31】
パツキン「(笑って)いつの時代のヤクザだ」
S24 同・B棟4F通路
康太「(息を切らして)駄目だ、もう走れな
い(倒れこむ)」
越前が現れ、近づく。
越前「聞かれたくなかった(と隣に座る)僕、
エスシーの落ちこぼれだったんだ」
康太「びっくりした(と座り直す)」
越前「劣等感を感じる毎日だった。でも皆の
中に紛れたら気分よくなっちゃって……最
低だよ、僕」
康太「俺も人のこと言えねえ。勝手にライバ
ル意識持って、八つ当たりして……」
越前「僕が、無自覚だったんだ」
康太「俺が何もわかってなかっただけだ。友
達が教えてくれた……」
越前「(笑み)あいつの股間を蹴ってくれた
とき、とてもスカッとしたよ。ありがとう」
康太「と、当然のことをしただけだ! (口 →【P32】
ごもり)俺は牢屋の看守で、お前を逃がす
わけにいかなかったし(照れて顔を背ける)」
越前「(ハッとして笑み)」
一ノ瀬「(来て)おやおや、これで隠れたつ
もりかね?」
康太「!」
越前「(康太の服を掴んで立ち上がり)捕ま
えましたよ。こいつの仲間に見せしめしま
しょう。(一ノ瀬に近づき)牢屋へ連れて
いって(悪そうな微笑)」
康太「(越前の顔を見る)」
越前「(康太の目を見る)」
一ノ瀬「(高笑いし)君、面白いよ! 及第
点をあげよう、越前宗也君。我々の同胞だ
!」
越前と康太は一ノ瀬を横切る。
次の瞬間、走り出す二人!
一ノ瀬「な?」
笑い合う二人。
康太「二人一緒に泥棒だな!」 →【P33】
公園まで走る二人。
公園では皆が待っている。
おわり