交心空間

◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇


テーマ:

 文章中に現れる同じ語が、漢字で書かれていたりひらがなだったりするのは、
校正(印刷物などの語句や内容、体裁、色彩の誤りや不具合をあらかじめ修正
すること)の観点に立てば、良い文章とはいえません。


【例】
 子どもの頃いつもごはんのとき、テレビのマンガに見とれて食べるのが疎か
になると、母によく叱られたものだ。
「早く食べないとやせてガリガリのドラえもんになるぞ」
 ドラえもんになりたいと思っていた私への、もっとも効果的な叱り方だ。そ
れでもその時は、母親の存在をうっとうしく感じていたが、大人になり自分が
子供たちを叱る立場になると、妙にあのころが懐かしく思える。時を操れるな
ら、あの頃に戻ってもう一度母の一喝を聞いてみたいものだ。
 ──母さん、こどもの叱り方を教えてよ。


 例であげた文章の中で「頃/ころ」「時/とき」「子ども/子供/こども」
がそれらです。この文章において「頃/ころ」は、実質性が薄いのでひらがな
表記が適切です。「時/とき」についても同様ですが、「時を操れるなら」の
「時」は時間や時空を意味しており、7月30日記事の『こと・もの・ところ・
とき』で述べた(11)「時が過ぎた」の「時」と同じなので漢字表記が適切です。
「子供/子ども/こども」はいずれの表記でも構いませんが、現れるたびに漢
字であったりひらがなだったりするのではなく、統一して書くことがポイント
といえます。
 ところが「母/母親/母さん」の表記ですが、これは『それぞれの観点にお
いてどう表現(表記)するか』の問題であり、必ずしもすべてが(仮に)「母」
ひとつに統一する必要はありません。統一すべき箇所は「母によく叱られたも
のだ」と「もう一度母の一喝を」の「母」になります。どちらも描写で書き手
が用いている「母親に対する呼称」ですから、統一していくのが伝わりやすい
書き方といえます。「母親の存在」の「母親」は、書き手の母親を特定的に呼
称しているのではありません。もちろん書き手の母親のことですが、どらかと
いえば「親」の存在(母親・父親)うち「女親」である母親のほうを指す意味
合いで用いています。つまり「親」というものを強調した使い方といえます。
最後に「母さん(かあさん)」と称しているのは、書き手のモノローグで自身
の母親への呼びかけです。このとき「母(はは)」と呼びかけるのは滑稽です。
漢字表記ですが、読みも「ははさん」ではなく「かあさん」となるのが文意で
す。とはいうものの『紛らわしい表現・読みは避ける』の観点から、この文章
において「母さん」と出てくる場合は、ひらがな表記にするのもひとつの方法
といえます。


【例の修正】
 こどものころいつもごはんのとき、テレビのマンガに見とれて食べるのが疎
かになると、母によく叱られたものだ。
「早く食べないとやせてガリガリのドラえもんになるぞ」
 ドラえもんになりたいと思っていた私への、もっとも効果的な叱り方だ。そ
れでもそのときは、母親の存在をうっとうしく感じていたが、大人になり自分
がこどもたちを叱る立場になると、妙にあのころが懐かしく思える。時を操れ
るなら、あのころに戻ってもう一度母の一喝を聞いてみたいものだ。
 ──かあさん、こどもの叱り方を教えてよ。

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