物語『冬の花火』の解説(8)です。
男と女の境遇が分かり接点が確立しました。今度は男から女に話しかける動
機が生まれても不思議ではありません。花火を見せてもらったお返しと、女の
失敗を慰めようとする動機があるからです。
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俺は緩めたネクタイを一気に外して、彼女の隣にしゃがんだ。ネクタイを丸
めて両端をピンと立てたものを作った。
「ウサギ……月のウサギ……」
「それが?」
「ほら、ここが耳で。見えないかな、大きさ違うけど」
「ヘタクソ」
彼女は微かな笑いを残した。
*-------------< ここまで >-------------*
この節は『展開の分岐点』になります。男が「どんな話しかけをするか」で、
物語がいろいろな方向に流れていきます。また、女の対応によっても展開は左
右されます。物語の方向性を見失わないよう注意が必要です。
物語の構図(骨子)を再確認しましょう。『冬の夜、繁華街の路地裏で花火
を接点に二人が出逢い、憂さ晴らしと新たな活力をもたらしていく』ですから、
方向性は後者の「憂さ晴らし」「新たな活力」になります。それを表現できる
エピソードを設定すればいいのです。
憂さ晴らしというと大それた事象をイメージしそうですが、路地裏の些細な
出逢いに似合ったエピソードの方が効果的と考えました。逆に、物語の素材を
活かして「宇宙関連」のエピソードという考えもあります。それならば「些細
な宇宙を表現すればいい」の結論になり、「ネクタイで作った月のウサギ」に
到達しました。
失意の男が見せた精一杯の慰めに、女も共感します。言葉では「ヘタクソ」
と強がりますが、内心はそのバカさ加減に一滴の清涼を感じ、行動(仕草)と
して「笑いを残した」にしました。これで、男も女も気持ちがほぐれたことを
表現しました。