ランデブー、それは藤竹先生と石神教授との間でした。
というわけで今回から藤竹先生の掘り下げが始まりました。ガッツリと掘り下げていくのかと思いきや、ゆっくりと掘り下げていくらしいです。しかもそこに科学部の動向も入るし、どういう感じの展開になりそうなのか目が離せませんな。
藤竹先生はどこかの宇宙を専門とした研究者という位置づけなのは、序盤を見ていれば分かる通り。今回はその立ち位置が今どうなっているのか、この点を重視して描かれていきました。でもまあ、本人は一応建前では「研究者」を名乗っているけど、周囲から見たら「研究者」を辞めた「定時制の高校教員」になんだけどね。
この「定時制の高校教員」になったということが実を言えば重要で、日本の研究ってただでさえ先進国の中で遅れているのに(特に先端技術を扱う分野に限って)、藤竹先生のように研究をほっぽり出して高校教員など、別の道に歩み始めるなんて普通はあり得ないんだけどね。恐らく、次回以降はこの辺を突くんだろうなあと。
だからか、周囲から藤竹先生は「終わった研究者」呼ばわりされているという。本人も気づいていると思うんだけど、「研究者」と名乗っていることに何かしらの意味合いがあるのかな。あと、石神教授との間で何かあったらしいんだけど、それも「研究者」と一応名乗っていることにも繋がるのかな。
そんな感じだろうか。次回は藤竹先生ではなくて岳人に焦点が向きそうだし、次々回で藤竹先生の掘り下げが再開しそうな予感。そこで科学部の衝突、もとい岳人と藤竹先生の衝突が描かれそうな予感。
せっかく藤竹先生に触れたので、彼についてもう一つ。今までの話を見ていれば分かると思うんだけど、藤竹先生の生徒もとい科学部に対する接し方って、ある意味「教師像」を映していると思うんですよ。
今回の話で例を挙げるならば……岳人と長嶺、越川と名取の二手に分かれて問題解決を図っている時、藤竹先生は一切介入しなかった。無論物語の展開のことも考慮しかねないけど、これって教員が取るべき行動であるのね。どういうことかって言うと、生徒が何かの問題に衝突した時、教員は生徒に対して無闇に口を出してはいけない、寧ろ、放任主義的な立場を保って生徒の成長を見守る。もしも問題解決が出来なさそうなら、何かヒントになりそうなものを与えてみる……そういう感じの教育法を、藤竹先生は行っているんです。
これがある意味、現代の「教師像」たるものを映していると私は思うのです。生徒の問題解決能力を育てる為には、どうすれば良いのか。この点を頭の中に入れながら藤竹先生の行動を見てみると、結構面白いものが見えてくるのです。
(この教育法で言ったら、2011年にテレ東系で放送されていた『鈴木先生』がそれに当たる。『宙わたる教室』とどこか似ているテイストで作られているドラマだし、『宙わたる教室』が好き! という人は『鈴木先生』もハマると思う)
次回は岳人の成長物語になりそう。今回の終わりで岳人の周囲を見渡す能力が欠けていたけど、絶対夢中になりすぎている影響だよね……。