AIが次々に出てきて、
「文章なら○○」 「画像なら○○」 「検索なら○○」
みたいな比較記事やランキングが溢れています。
それを見ていて、思うんです。
本当にその評価を、そのまま信じていいのでしょうか?
私は最近、同じ質問を複数のAIに投げて、自分で比較しています。
「このAIはこういう考え方をするな」 「これはこういう場面で強いな」
そうやって、自分なりに評価しています。
昔、大学選びをしたときもそうでした。
世界大学ランキングは参考にしました。銀行がお金を出してくれないし。
でも最後は、ランキングではなく自分の基準で選びました。
だから私はバークレーを選びました。
もっと上のランクの大学に受かってるじゃない?バークレーでいいの?
いいんです。
レストランも同じです。 地元で食べログの高評価店に行って、
「なんでこれが高評価なんだろう?」
と思ったことが何度もあります。
最初は、食べログが間違っているのかと思いました。
違いました。
食べログは間違っていなかったのです。 評価している人たちと、私の基準が違っただけです。
多くの人は量やコスパを重視する。 私はそれほど重視していない。
だから、同じ店でも評価が変わる。
つまりランキングとは、嘘でも真実でもなく、 誰かの基準の集計値なのです。
ランキングは間違っていません。
ただそれは、あなたが訊いていない質問への答えなのです。
「コスパのいい店はどこか?」という質問への正解が、
「私が満足する店はどこか?」という質問の正解とは限らない。
質問が違えば、正解も違う。 それだけのことです。
ここで、よく言われる結論があります。
「だから、他人の評価を信じるな。自分で試せ」
百聞は一見にしかず。
Seeing is believing.
Experiencing is learning.
私も基本的にはそう思います。
ただ、最近は少し違うことも考えています。
それは、自分の基準は最初から分かっているとは限らない、ということです。
「自分の基準を持て」
そのためにはまず体験する。
そして、
「面白かった」 「つまらなかった」 「居心地が良かった」 「なんだか違和感があった」
その感覚に注目する。
すると、
「ああ、自分はこういうものが好きなんだ」 「自分はここを大事にしていたんだ」
と、自分の基準が見えてくる。
shape of the heart
体験が先。 基準は後から見つかる。
だから大切なのは、
体験することと、 体験した自分を観察すること。
同じ海外旅行に行っても、 同じ大学に入っても、 同じレストランで食事をしても、
ただ体験して終わる人と、
「自分は何を感じたのだろう」
と振り返る人では違います。
体験が、そのまま経験になるわけではありません。
体験を振り返り、 意味を見つけ、 自分との関係を考えたとき、
初めて経験になるのだと思います。
その答えを見ながら、
「なぜこちらのほうがしっくり来るのだろう」 「なぜこの考え方に違和感を覚えるのだろう」
と、自分自身を観察しているからです。
AIを評価しているようで、 実は自分の物差しを発見しているのです。
大学選びのときも、きっと同じでした。
ランキングを捨てたのではありません。
ランキングが測っているものと、 自分が欲しいものが違うと気づいただけです。
差分分析
ランキングは論文数や研究費を測っていた。
私が欲しかったのは、別のものだった。
だからバークレーだったのです。
他人の地図は、参考になります。
よくできた地図ほど正確です。
でも地図が正確かどうかは、実は問題ではありません。
問題は、その地図がどこへ向かう人のために描かれたものなのか、です。
地図が古いのではありません。
目的地が違うのです。
そして面白いことに、
自分の目的地も、 最初から分かっているとは限りません。
歩いて、 迷って、 試して、 振り返る。
その繰り返しの中で、
「ああ、自分はここへ行きたかったのか」
と気づくこともあります。
他人の地図は借りられる。
でも目的地だけは借りられない。
自分の幸せは自分で決める
その結果、Copilotはクビにすることにしました。
