最近、老後の準備について考えている。 


 今いくら使っていて、 それは毎月の支出なのか、 年1回の支出なのか。 

あと何年生きるつもりで、 年金はいくら入ってきて、 資産寿命はどこまで持つのか。 

そんなのを整理するワークシートを作ったら役に立つんじゃないか、と。 

 でも考えているうちに、別のことも思った。
こういうのって、 ある程度「考える習慣」がある人には役に立つ。
「あと月1万円足りないのか」 ↓ 「じゃあ毎日の缶コーヒー1本減らすか」
みたいに、 巨大な不安を細切れにして、 行動可能サイズに変換できる人。


 準備できていない人って、 そもそも未来を考えるのが苦手だったりする。 

そして人間は弱いから、 細切れ化は希望になる一方で、
「今日くらいいいだろ」
の言い訳にもなってしまう。

 缶コーヒー1本。 サブスク1個。 タクシー1回。
「たったこれくらい」
の積み重ねで未来が変わるのに、 その「たったこれくらい」が毎回勝ってしまう。 


 しかも残酷なのは、 ちゃんと計算してみた結果、 

「今から頑張ったとしても、 世間でイメージするような“安心した老後”には、 到底届きそうにない」
という人も、きっといることだ。
その人に、 未来予測を突きつけることは、 本当に優しさなんだろうか。 

 知らない方が幸せ、 ということもあるのかもしれない。 

アヒルの幸せ戦略だ。 


 何も考えないまま、 何の準備もないまま進むと、 最後は本人だけでなく、 家族や周囲に大きな負担が来ることも多い。
老後準備って、 「豪華な老後を作る」 ためだけじゃなく、
「人生の最後で大爆発しないようにする」
ための準備なんだろうなとは思う。 

 でも一方で、 気づかないうちに即死、 それはそれで幸せじゃないか、 とも思ったりしてしまう。 

たぶん、 老後の問題って、 お金の問題というより、 習慣と思考の問題なんだろう。
未来を想像して、 それを細切れにして、 今日の行動に変換できるかどうか。 


人生って、 最後まで複利なんだなと思う。📉☕ 


 今までは、 まだ間に合う若い人相手の話をしてきた。
でも、 自分が「もう若くない側」になって、 つくづく思う。


 相場格言にもあったな。 


「まだはもうなり。もうはまだなり。」 


まだ大丈夫と思っているうちに、 「もう遅い」は来る。
でも、 「もう遅い」と思ってからでも、 まだできることは残っている。


 じゃあ、 年寄りには何を話せばいいんだろう。🧓☕