日本では、嘘が多いと思う。

 ここで言う嘘は、誰かを騙す悪意のある嘘じゃない。

 自分を守るため。 

みんなと合わせるため。

口で言っていることと、やっていることが一致していないというタイプの嘘だ。

 

社訓=ビジョンを毎朝唱える。 

立派な言葉を並べる。 

でも、その社訓=ビジョンに基づいて 

「だから自分はこう行動しました」と説明できる人がいない。 

本音と建前も、同じ構造だと思う。 

口で言うのは奇麗事。 

でも本当は、そんなふうには思っていない。 


 子どもの頃から、ずっとそれを感じていた。

 「言ってることと、やってること、違うよね?」と。 

でもそれを口にすると、空気が読めないと言われる。 

浮く。 

居場所がなくなる。

 たぶん、それがボクが「みにくいアヒルの子」だった理由だ。 


 一方で、ボクは幸せの公式や6つのコツを知識として持っているだけじゃなく、 

1日の中で何度も思い出し、 

判断のたびに当てはめて使っている。 

だから「なぜそうしたのか」を説明できるし、周りは驚く。 

でもそれは特別なことじゃない。

 知っていることと、実行していることは違う。 

それだけの話だ。 

言葉は、唱えるためにあるんじゃない。

 使うためにある。 

思っていないことを言わない。

 言ったなら、行動でつなぐ。 

それができない社会に、ボクはずっと違和感を持ち続けてきた。

 そういう話。


 At Par 


 数日前からの選挙の話にもつながる。これが、ボクの言う「アットパー」だ。 


 #AtPar #言葉に責任を #DoWhatYouSay #UglyDuckling