彼の息子の名前。
望。
一文字で。
のぞむ。
亡くなった彼の妻がどうしてもと選んだ一字。
彼には記憶を呼び戻すことの出来ない時間。
とてもとても。
しあわせなふたりだったのだと。
彼にはひとかけらも取り戻せない日々を。
なんども。
まわりじゅうに聞かされた。
哀しみも。
どこにも。
存在しない。
虚無。
のぞむ、と。
呼ぶたびに、妻だったはずのひとを想う。
なにを、望んだのだろうか。
どれほどのこころのこりがあっただろうか。
どんなふうに、そばにいたのだろうか。
「とーさん。こいつおおみってゆーんだ。ともだち」
息子の連れてきた少年?
どう見ても・・・女子ではないひょろりと背ばかり伸びたような・・・・。
まだ、未分化の性別があやふやに感じられる輪郭。
真っ白な肌。
薄くそばかすのあるきめの細かい頬。
髭すら見当たらない。
まっすぐに。
自分を見つめる視線。
かすかに彼の頭の中が揺らいだ。
彼は奇妙な悪寒をおぼえ、眼を逸らすしかなかった。
「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
ありきたりな歓迎のことば。
黙って会釈を返し真っ赤になって、おおみがうつむく。
予感はきっとこのときから。
この日から。
ずっと彼の中で。
かたちを作り始める。