そのひとはいつも同じ車両に乗っていて必ず左手には文庫本。
いまどき珍しいな、と。
つい見つめたのが始まりだった。
同じ方向に通勤しているらしい。
毎日姿を見かけるたびに、どんな本を読んでいるんだろう。
興味がわいた。
読書なんて縁のない僕にとって、まだ20台前半らしい若い女性が熱心に本を読む姿があまりにも新鮮だった。
急接近の機会は案外早くて。
悪天候で電車が送れ満員の中、どうにか乗り込んだ車内。
目の前にそのひとが居た。
見惚れた。
苦しそうに伏せた長い睫毛と控えめな水色のアイシャドウ。
一重の涼しげな目元に綺麗なアイライン。
色が白いな、とは思っていたけれど。
息苦しさからかほんのり首筋までうす桃色で。
どきどきした。
ふいにカーブで電車が揺れて。
まんまとそのひとが倒れこんできた。
かみさまありがとう。
良い匂い・・・・。
細い声で何度も詫びる。
良い声・・・・。
周り中から羨望の鋭い気配がしたけれど。
僕は夢見心地。
降りたくないよーーーーー。
会釈しながら会社のある駅で降りて。
電車を見送る。
そのひとが、ずっと僕を見ているような気がした。