坂口安吾は『恋愛論』の中で、恋愛について「先人はそのために失敗し後人も失敗するにきまっているが、さればといって、だからするなとはいえない性質のもの」と述べていました。還暦過ぎればその意味が分かってしまうのですが、それでもその失敗こそが自分の生きてきた証なのだと、今思うわけです。
恋愛は、一旦そいつに捕まってしまうとどうしても意識しないではいられなくなる魔法と言えます。いつか解けると知っていても、まるで自分からその罠にかかってしまうと見えるような愚かなことをしてしまうことがあるのですから。
(※物語風にしてみました)
心に残る、実らぬ恋
いや実らなかったから忘れられないのか
初めて実家を出ての生活を始めた浪人時代。受験勉強だけしていればいいはずの予備校生なのだが、なぜか無用の用が忍び寄ってくることに、初めはまるで気づいてもいない。その嵐も初めはちょっと面食らうような不快感から始まった。
毎朝の階段を2階まで登りきると、すぐのところに教室がある。胸の高鳴りを抑えながらその人のいるはずの空間に入っていく。何度もシミュレーションと実践したはずの視界には「その人センサー」が作動。キョロキョロ探すまでもなく、周辺視野において全感覚が瞬時に判別して、「その人」の存在を感知する。(いた! 今日もいてくれた)心のなかで、言葉にすればこんな気持ちになっている。でもなるだけ直視せずに、特に決まっていない座席、教室の左後ろに陣取って数人の友人たちと談笑している「その人」から少し離れ、右後方にいつも座っている。そこだと何かの拍子に左後ろを垣間見られると思っている。話しかけたりしない。まだ一度だって言葉を交わしたりしたことがないからだ。
さかのぼること2ヶ月。大学に不合格となり、その痛手もまだ癒えぬ若者たちが集う4月の某予備校のとある教室。誰もが言葉数少なに、周りとの距離感に留意しながら自分の席(場所)作りをテーマに始まる新学期に、不似合いの明るく元気な女の子の声が響いていた。4人組の男女の中で明らかに一人声の響く女の子がいる。「なんだよ、うるせぇな」とあからさまに顔をしかめる者もいる中で、明らかに異端分子であるその子は、意に介することもなく楽しげな嬌声を上げ続けるのだ。最初オレは特に何も感じなかった声に、最初の模試の結果が出る頃には、心に障るものを感じざるを得なくなった。
5月末あたりにあった全国模試は、クラス毎番号順に座席が指定されていたが、オレのすぐ左隣がその声のでかい女の子だった。隣になったのは、名字と縦座席数の関係の偶然だった。チラリと見えた受験カードからフルネームが分かった(以降Nさんと呼ぶ)。隣の席だからって特に話をした訳ではないが、試験中真剣に解答用紙を埋めていく様子(覗いたわけではない)と、微かな香水の匂いに、何かしら特別な意識を持つことになった。何かあると惚っぽい質だったオレだが、面食い傾向があったのでタイプだったわけではないのに(ちょっと失礼ですね)、なんか不思議な違和感がずっと残っていた。
そしてその模試の結果が出た時、自分の不甲斐ない実力を思い知らされるとともに、意外な事実をも知ることになった。自分の隣に座っていたNさんは全国のランキングでも結構上位にいたのである。特に国語は目を見張る結果だった。オレは国語が苦手だったから、少なからずジェラシーを感じてしまう。チャラついた感じで目立つのに出来がいい。比較する必要などどこにもないのに、自分の惨めさを痛感することになった。それなのに次第にオレは教室以外でも彼女のことを考えるようになっていったのである。
7月頃、休憩時間どこにいても彼女の声でどこにいるか分かってしまう。少しサイケデリックな色合いの服装が多かったので、校内外で離れていてもなんとなく存在が分かるようになっていた。(前編終了)
今になってみれば、何と面倒くさいオレ!というしかないのですが、当時は日々精一杯だったのです。予備校生という微妙な立ち位置では、表立って恋心を優先させるわけにもいかず、かといって我慢しようとすればするほど、意識過剰になって必要以上に「Nさん」のことを考えてしまっていたわけです。今思えば、禁じられたがゆえに燃える恋心、でもありますが、結局はウブでしかなかった自分が「恋に理由などない」ことを思い知らされた出来事でありました。
※後編「不合格と合格の先に」に続く。