ネットでつながる昔のこと

60歳に近づいたころ、心と体が少し弱った状態になり、古い写真や手紙を読み返していて、若い時仲間だった人たちのその後の様子に興味がふつふつとわいた。初恋の人に手紙を出して近況を尋ねようとした。30年前の住所に出してみた。しかしそれに音沙汰はなく返送もされなかった。
32歳で海外移住し、40歳で独立自営をはじめ、よそ見をしている暇もなく仕事に没頭してきた。 最初の機会は新しく入社して来た人が初恋の人と同じ故郷の人と、しばらくしてわかり場所を尋ねると、近くに叔母がすんでいるという。何か手掛かりがあるかも、と30年前の住所を彼女に渡してしばらくすると、偶然、移転先も探し出してくれた。驚いて手紙を出すと、それは丁度クリスマス当日に受取ったという。彼女も迷いはしたものの友人の忠告もあり、返信をくれた。そして40年ぶり浅草で再会ができた。お母さんが古い実家の郵便受けにボロボロになった手紙を見つけてくれていた。
二つ目は、移住直後、最初のわが家の訪問者となった元同僚が、やはり20年も音沙汰がなかったけれど、Face bookで自分を見つけ出してくれ再会ができた。彼からはその後続々と昔の同僚につながる縁が出来て、最初の会社の同僚とまた転職後の同僚と毎年再会記念日を持つこともできた。また同僚の一人の努力で、われらがマドンナと45年ぶり再会まで実現した。
自分の人生記録をまとめ始めていて資料の中から、ロンドンの個展開催案内のカタログを見つけその名前をネットで探してみると、彼は現在ニューヨークで芸術家として成功していることがわかった。さっそくメールを出すと青春時代のコペンの皿洗い同僚3人、(横浜でジャズ喫茶経営、シドニーで和食材貿易会社経営、新潟で英語教師、)は2年前にすでに再会を果たしていて、彼らとも連絡が取れ再会の約束もできた。
両親の墓参りの帰路、妻に腕白時代の岩戸町を見せようと回り道をした。偶然見覚えのある人が車庫から出てきた。”功ちゃん!”と声をかけると”ぼくを子供時代の名で呼ぶ人はそんなにいないが”と近づいてきた。60年ぶりの再会。クラスのマドンナの家の前で二人で記念写真を撮っておいた。
70代でネットをしている人はそんなにいない。”ゆびとま”で呼続小学校31年卒業者をさがしたが一人も見つからなかった。高校時代のクラス名簿から一人を見つけ出し、彼の用心深い電話にうまく繋ぐことができた。彼は高校時代の芸術家を卒業し、巡礼もこなす伝統の日本人になっていた。
年を経て昔の同僚、思い出の人や出来事に再会したいという願望は何なのだろう。妻は昔のことは思い出したくないという。前を向いていたいからという。昔を思い出し再会したいという思いは、今が幸せで昔にも良い思い出があるということで、それを再現したいということだろうか。人生の残りが見えてきて、自分の初恋の人、仕事仲間、学友などの今を確認しあの青春の楽しい話をもう一度したいということだと思う。インターネットはそんなことも手伝ってくれる有力な道具になった。