森本レオの事 
森本レオという役者が“突然死”で亡くなった。
彼は名古屋市中川区出身で私と同い年、1943年の2月生まれだ。高校は県立松陰高校、私の友人でラグビーを愛しオートバイ事故で若くして亡くなった中郷の材木屋の息子、奥村紀和君と同窓生だ。私の長男の息子、15歳だがすでに3度もHIOを達成しているゴルフ上手、の名前もLEO,レオ。また柏市に住む姪の障害を持つ男の子が愛する童画、“きかんしゃトーマス”の、のんびりした声の担当を長年続けていたそうだ。
彼に興味を持ったのは、自分と同い年で私の住む町の近辺の学校に通っていて、死因が“突然死”だったということを知ったためだ。森姓の女性と“強制結婚”して子供も二人いるけれど別居生活を続けていた。自分も30年以上単身赴任、職住週間別居生活をしていた。お互いに普通ではない。レオという芸名も半分ふざけていて、ラジオのトークショウで自分を俺と呼びたかったが許されなかったので、“レオ”にしたとか、わけがわからない。
自分も高校生の時、“劇団こびと座”の入団試験を受け、研究生補に合格をもらったけれど、受講費と演技の自信はなくその道には進まなかった。当時の私には大学に入り水商売的稼業に進めるほど人生に余裕はなかったが、なんとなく同じ空気を吸っていた様な気分になった。そして自分も心臓バイパス手術を受け“突然死”というものが襲ってくる可能性があるかも、と少し“突然死”を調べたりもした。心臓に何か欠陥がある人によくある死因のようで、私もNitrolingaulという緊急スプレイを常時携帯しているけれど突然だから予防する手立てはない。
彼は俳優という演劇世界を自分のペースで生き突然死でこの世をさり、自分は北欧移住という人生を選び、今はのんびり北欧の年金生活者をしている。
ということで、森本レオとは何か自分と同時代性が感じられるけれど、女性問題は別にして、それは普通の同年代の昭和男の生き方とは少し違うところだけだったかもしれない。