日本の戦後―昭和は無責任容認で始まったと思う。いかにもいい加減な日本人らしいと思う。

国民にあれほど死と餓えの苦しみを与える無謀な戦争を強制しておきながら、責任を取らされたのは、高級軍人の一部のみ。しかもそれを実行させ得たのは進駐軍の勝者の法律で、日本国民は神聖天皇を筆頭に政治家や行政府の要人はだれも責任を取らなかった。若い部下に特攻を命じておきながら、自身は戦後を平気で生き延びた軍人もいた。国民は戦後の混乱を生き延びるのに必死で、そんな事象に考える時間も取れず容認してしまうことになった。

戦後が一段落したのちも、占領軍米国の善政とそれに寄り添う政治家の誘導で、A級戦犯だった元戦時内閣の主要閣僚だった者が総理大臣や主要閣僚にまで任命されている。物事に対し、しっかり反省をしそれを取り込めない国民性のある日本人は、60年後、“勝共”を唱える北鮮系韓国のオカルト教団を支持し多額の献金を貢ぎ、見返りに自身の政党を陰で支える運動を無報酬で受け入れ選挙を有利に勝ち抜いていたことが、彼の孫が総理大臣の時に発覚した。表向きは彼を支持するグループが最大勢力の保守政党は反韓を標榜して居ながら、裏では内密につながっていたことが発覚、大スキャンダルとなった。それからはそんな事実を否定、嘘とわかる無責任な責任逃れの言動の醜さを連発する大物議員の発言で、とうとうオカルト教団に人生と家族を破壊された青年が行動を起こし、選挙応援中の総理大臣を手製の銃で警護官の油断もあり公道上で射殺する。そして彼は3年後、裁判員裁判で“首相を殺害した罪”で無期懲役の判決を受けた。日本人は一千万人を死に追いやった無策の政治家は容認したが、一人の政治家に人生を迫害されたと結論付けた一青年の行動は有罪とした。

ドイツでは戦後ハッキリと全国民を誤った方向に導き、隣国に多大の困苦を与えたヒトラー第三帝国政権の指導者を断罪、逃亡した責任ある指導者を50年以上も追いかけ、見つけ出し裁判にかけた。仏教徒とキリスト教徒の違いだろうか、日本人はこの点から見ると特異だ。なのに今、戦後回帰を唱える初の女性総理大臣が、多くの日本人の支持を集め80年前の日本の形を取り戻そうと画策する。

日本人は難しい問題を“水に流す”文化を持っていて、いい加減さがまだ生き続けている。