日本人は成長するまでに幾度と無く”基本的人権の尊重”という言葉を聞くと思う。そして中国やロシアや中東の人々の不公平な出来事を聞くと、日本は世界一人権を尊重する国の一つだと人々は信じる。しかしそれは本当だろうか? 保守政権の施政運営を見ていると、時には民主主義を知らない人たちが自分達に都合のよい歪んだ政治を平気でやっている、ひょっとすると、日本人は人権とは何かを知らないのではないかと思ったりする。


女性を差別するのは日常的


日本は開闢以来幾世紀にもわたって、男性優位の男社会を制度化してきた。女性は子供を生み育て家を守り、男は外で働き金を稼ぐ、それを支える者として社会的能力は押さえつけられてきた。そのため男女格差度は西欧や一部の低開発国よりもはるかに低く世界ランク120位とされているけれど、男性社会にはそれを改善する意欲は弱い。


定住外国人に参政権を与えず差別する


定住外国人も働いて税金を払い日本国家を支えている。ならば日本人と同様納税者の権利を与えてしかるべきだ。納税義務だけ負わせて、権利に制限を加えるのは差別ではないか。西欧諸国では定住外国人でも地域への参政権を認めている。もちろん定住外国人だからといって社会的権利、健康、失業、就学などに差別は作らない。それは民主国家では当たり前の事だと思うが、日本では認めようとしない。


海外生産品に人権条項を考慮しない


日本は高品質低価格の製品製造のノウハウを持っている企業が多い。しかしそのために最低守らなければならない労働力のあり方についての考慮は浅い。囚人のように閉じ込められた労働環境下で作られた製品や、公害を垂れ流す工場、幼い労働力を利用した製品も、なんらチェックも無く安く品質が守られていればよし、と仕入れそして消費者は買う。しかし西欧ではメーカーも消費者もそれらは厳しくチェックする機関がある。そして時には違反商品の不買運動に発展する事もある。


海外在住邦人の参政権に条件をつける


我々海外在住邦人に投票権が認められたのはわずか10年ほど前から。西欧民主主義国家では何十年も前からそれは普通の国民の権利だ。しかし日本の参政権は西欧諸国が郵便投票を認めているのと違い、大使館など決められた公舎に出向いて投票しなければならない。わざわざ一日仕事を休んでまでして国政参加する人はそんなにいない。


教育格差を固定化している


いまだに日本では高等教育を受けるには、ばく大な資金を必要とする。そのため親の収入の大分をあらかじめ教育資金として貯金をしておく必要がある。親の収入が少なければそれが難しくなり、子弟は高等教育はあきらめなくてはならない。教育格差社会ではこれは子供の人生をほとんど決定してしまう。西欧民主国家では教育は無償が普通で教育格差は作らない。


非正規労働者の受けている不公平さ差別を正さない


経営者は非正規社員を単なる低廉な労働力景気調整弁としている。同じ仕事をしている正社員が得ているものと同じ雇用条件が認められていない。ボーナスや退職金や健康保険がない。同じ税金を払っていて、この差別を温存する社会は間違っているのに誰も正そうとしない。西欧民主国家ではこのような労働者差別はない。


過労死を放置している


月120時間を越える超過勤務を強要される仕事や、家族の状況を考慮せず転勤させる企業が多い日本。KAROSHIという言葉を世界に流布させてもKAIZENの努力はしない企業。人の幸せを生みにくい労働の仕組みはなくさなくてはいけない。


子供の虐待防止に努力しない


親がしつけとして、子供に体罰や精神罰を与える。そのために時には幼い命が失われるような事がおきる。そしていつも発生した後に、当局者は不手際をわびる。親権の制限までしてでも子供を守ろうとしないし、その制度も作らない。


死刑を存続させている


罪がいかに重大であっても、国家が殺人を行う事は間違っていると、なぜ人は声をあげないのだろうか。被害者の親族が時には、犯人に極刑を希望する、ともいう。親族を殺された人の心は重い。イスラム法典には目には目を、という考えがあるというけれど、西欧民主国家では国家が人の命を奪う死刑は存在しない。


これらを思いながら、本当に日本人は人権を尊重する国民なのか疑問を持つ。