1963年(昭和38年)12月14日 土曜日 統一教会の講に参加
どこで講開催情報を入手したか記録はないが、60年程前ニアミスをしていた。(日記より)僕が社内で名前を知っている女性は二人だけだ。今日は3階の倉庫でパンチャーのテストをしていたが、まだ名前を知らない人が仕事がてらやって来て、1時間ばかり話をしていった。いろいろな話で“同好会の会長は目標を決めてそれをどんどん実行してゆくだけの実行力のある人でないとできない。”とか“係長は積極的なクリスチャンで、夏は3日間くらい休みを取って生徒をキャンプにつれてゆく。”とか“いい人は皆辞めてゆく。”とか,僕の千葉の研修での生活の話だとか。彼女は話をしながらパッキング材をだいぶゴミにしてしまっていた。止めるわけにもいかず、彼女が行ってから思わず苦笑した。
1時にボーナスが出た。会社に入って初めての重い封筒だったのでうれしかった。胸のポケットにしっかり収めて、栄町の”世界キリスト教統一教会”の講を聞きに行った。広いホールには20名もいなかった。僕は現代社会を生きる人にとって、“神”などという信仰は受け入れられないのではないかと思う。僕にとっても、“キリスト教”はそれを知る必要を認めているだけで、一つの教養と思っている。この科学時代に果たして紀元前の人々に広がった宗教が、受け入れられるだろうか。“理想の世界実現は人間の中に愛の革命を起こし、真理の実現、誠実な行動により生れる.”という、その会の主張には大いに共鳴するが、どうも取り違えて信じている人が多いと思った。弁論台に上がった人で、女子高生と新卒サラリーマンの弁論内容には共鳴できた。しかし、主婦とか会社員とか運命論者の弁論内容は全くはき違えたものに思えた。彼らは、“信仰することにより、病が治った。”などと目に見える益があることと結び付けている。僕は信仰の本当の姿は苦難に立たされても、その内にある信仰の柱によりくじけない強い行動がとれる、そんな目に見えないが、心を任せられるものが本当の宗教だと思う。なんと世の中にははき違えた者が多いことだろう。ある人から見れば僕の方が、はき違えているのかもしれないが。もし僕にそれをいう偉人がいたら、僕は神を信じない。人間の心の弱さが神を自分で作ってしまうのだと思う。
途中で抜け出して美術館の無料のところを見て回った。ヴィーナスの前で亀(井)さんが“待っていろ。”というので待っていた。まず中村で版画材料を買って柳橋の“松葉”に入った。誰が来るのかわからなかったが、まず小一時間くらいたって平松(近畿電気)がきた。コーヒー一杯でとうとう義干が来る八時まで小ニ時間待ったことになる。案外いい店だった。まず地下の広寿司で腹を作ってから“よっちゃん”でビールを4本あけ殺風景な屋台に入った。そこで一時間半くらい飲んで食べて楽しんだ。僕がそこで払ったのは190円だけだ。まだボーナス前で金がないという事にしていたので。(ケチなやつ!)11時過ぎになったので義干の車でまず亀さんを送り、六番町まで来てそこでみんなと別れ車で帰った。140円取られた。袋の中には3万円ばかりはいっていた。家に5000円入れておいた。風呂に入って、今日は面白い一日だった。 (ストックホルムに書店を開いて85年ころ、贔屓になったお客さんで、横浜に銃砲店を 持っていたというYさん がいた。仕事で飛行機事故に遭遇し、九死に一生を得る体験など話してくれたが、北欧から墓石や絵画を買い付けて日本に送る仕事をしていると言っていた。80年末ころには疎遠になったが、統一教会関連の仕事 をしていると聞いた。一度訪れたことがあるが、当時ヘルシンキに教会関連という “古都”という日本レストランもあった。スウェーデンを来訪した従妹達を街案内していて、“ここがドイツ教会。”というと“え、こちらにも統一教会があるの?と聞かれたりして、苦笑した。 )
