みなさん、こんばんは、こんにちは
今日はエジプトの女性の格好について書きたいと思います。
エジプトはイスラーム国家なので、女性の多くはヒジャーブと言われるスカーフのようなものを被っています。大体の女性が髪を隠しているだけですが、中には目だけ出して全身黒ずくめの女性もちらほら見かけます。とある組織の人間もびっくりの真っ黒さですね。
さて、このヒジャーブはムスリムの象徴のようになっています。
彼女らがヒジャーブを被る根拠としてはアル・クルアーン第24章31節に、
「また女の信仰者たちに言え、彼女らの目を伏せ、陰部を守るようにと。また、彼女らの装飾は外に現れたもの以外、表に現してはならない。また彼女らの胸元には覆いを垂れさせ、自分の配偶者、父親、配偶者の父親、自分の息子、配偶者の息子、自分の兄弟、兄弟の息子たち、姉妹の息子たち、自分の女たち、自分の右手が所有するもの(奴隷)、男のうち性欲を持つ者ではない従者、または女の恥部を知らない幼児を除いて自分の装飾を表に出すことがあってはならない。」
(引用『日亜対訳 クルアーン』作品社 2014年8月15日発行 p382)と書いてあることが根拠になってます。
小難しい表現がされていて、分かりにくいですが、『日亜対訳 クルアーン』の脚注によれば顔と掌以外、外に出すなと書いているわけです。
この一節を読んで気づくことは、別に「ヒジャーブを必ず被りなさい」とは書いていないことです。顔と掌以外隠さないと行けないのならば、帽子を被って隠して、長袖長ズボンを履いていれば問題ないじゃないか、と異教徒であるワテクシは思います。
こちらで何人かのムスリムの女性と友人になりましたが、中にはヒジャーブを全く被らず日本や欧米の女性となんら変わらない格好をしている女性も何人かいます。
最初、エジプト人の一割と言われているコプト・キリスト教徒の人なのかと思いました。
ムスリムなのにヒジャーブ被らないんだ、と素直に感想を言ったところ「ヒジャーブは慣習であって、宗教じゃないから被ってないだけです」と答えられました。
外目から見ると、その「慣習」と「宗教」の区別というのが分かりませんが、彼女らは決してイスラームの教えをないがしろにしているわけではなく、きちんと自分なりに考えてヒジャーブを被らない、ということを選択しているようです。
自分の周りにいる彼女らが特別なのかな?とも当初は思いましたが、エジプトの街を歩いていると彼女らのようにヒジャーブを被らない女性を見る機会が多くありました。そんな彼女らが
全員、コプト・キリスト教徒である可能は捨て切れませんが、街で見たヒジャーブを被っていない女性が全員コプト・キリスト教徒であるはずも無いので、ムスリムの女性でもヒジャーブを被らない人は一定数いると考えていいでしょう。
ちなみに、ヒジャーブを被るのは大体15歳くらいからのようです。15歳になる前にヒジャーブを被っている人ももちろん居ますが、その年になるまでは長い髪を砂混じる風になびかせています。
エジプトはわりと世俗的な所があるので、今書いていることは他のイスラーム国家では当てはまらないかも知れません。
そもそも、エジプトの女性たちがヒジャーブを被りだしたのはわりと最近のことのようで、60年代のエジプトの映像などを見ると、ヒジャーブを被っている人が逆に目立つくらいどの女性も髪を出しています。
では、被るようになったきっかけは何か、と言うと、エジプトの男性たちが湾岸諸国に出稼ぎに行くようになり、サウジアラビアなどの厳格なイスラーム国家の女性たちの格好を見て、出稼ぎから戻ってきた男性たちがヒジャーブを広めたそうです。
この話をしてくれた知り合いの熟年の女性は、「自分の母親がヒジャーブを被るようになったのは40歳を過ぎてからで、自分が被るようになったのは17歳からくらい」と言っていました。なので、70年代くらいからエジプトでも被るようになったようです。
日本においては、イスラーム教というものを知るようになってまだまだ日が浅いです。なので、「宗教」と「慣習」の区別がつかず、安易に混同してしまっているんだなぁ、と思います。
都市部以外ではなかなかムスリムの人と会う機会は無いかも知れませんが、もし会う機会があったらいろいろ訊いてみてください。
渠(かれ)らは自分たちのこと、自分たちの言語について語ることをとても喜びます。
発音など気にせず「アッサラーム・アライクム」と声をかければたちまち、とびきりの笑顔になりますので。
それでは、アッサラーム・アライクム!