本 匠 224 「未熟さをばねに」
最高学年に進級して、心構えや生活態度が見違えるばかりに変わって
きた子どもたち。特に感心するのが、下級生に対する気配りやリーダー
としての自覚(責任感)と自発的な行動力で、その辺りについて、担任
が手前味噌にそう思うのではなく、他の先生たちも同じように認め、折
に触れ子どもたちに励ましの声をかけてくれていた。
子どもたちの変化は、教室での授業に対する構えや態度にも現れてい
て、
「これは保護者にも知らせてあげたい」
と考え、「学級だより」(3号)にその様子を書いている。
(前略) 新学期が始まって、1週間が経ちます。 子どもたちの姿を見ていると、
5年生のときに比べて、一段と成長しているのが伺われます。授業が始まる前に
は、もう多くの子どもがちゃんと席について待っていますし、授業中もふざけて
隣とつつき合うこともほとんどなくなりました。学習への意気込みがちがってき
ました。子どもたちを見ていると、私の方が身の引き締る思いをさせられていま
す。いい加減なことはできないぞ、1時間、1時間を充実させなくては・・・、 そ
ういうふうに緊張します。 (後略)
学級全体として頼もしい変化を見せた子どもたちに、担任がプレッシャーを感じ緊張する。子どもたちは、当然ながら担任にプレッシャーを掛ける意志など毛頭なく、ごく自然に振る舞っていたに過ぎないのだが・・・、振り返って想えば、「若かった(未熟だった)」と懐かしさが込み上げる。
ベテラン教師など「いない」に等しかった前任校では、「若さ=情熱」であった。経験豊富なベテラン教師のそろった本匠東小学校では、「若さ=未熟」を悟らされたが、「未熟さ」の自覚が、前任校に劣らぬ向上心というかチャレンジ精神に火をつけ、「1時間、1時間の授業を充実させ、やりがいのある教育活動を仕掛け、若い担任でよかったと思われる1年間にしよう」
という決意を抱かせてくれた。
授業の充実とやりがいのある教育活動を・・・、未熟さをばねにした決意の中で、間近に迫っていたのが、小学校時代の学校生活でいちばんの想い出となる「修学旅行」であった。
―スイス・フランス・アメリカの旅―
ウロコを落として見えた世界 (216)
― トレッキングは、なぜスイスで人気?(17)―
ハイキングやトレッキングが、なぜスイスで人気なのか。ウロコを落として見えた理由を5つばかり書いた。が、「人気の理由を十分に説明しきれていない」、気がしている。ウロコを落としても見えない理由がある?・・・。しばし気分転換を図りながら思いを巡らせて考えついたのは、「休暇(休養)や旅行に対するヨーロッパ人と日本人の意識の違い」、あるいは、「リゾート(保養・行楽)の歴史の違い」、その辺りにも人気の秘密がありそうだ。
ずいぶん前になるが、「清流」に、イギリス人の若い女性ALT(外国語実習助手)が、
「日本の教師の夏季休暇が、実質で4~5日ぐらいしかないことに驚いた」
という話を書いた。 彼女は、
「子どもが夏休みで1月以上学校に来ないのなら、先生たちも休みにして長期の旅行など楽しんだらいいのに」
と言った。 彼女に、
「日本人は、遊びや保養で1週間以上も休むと、何やら罪の意識が生まれて、気分的に落ち着かない性分なんです」
と言うと、
「どうして? 理解できな―い!」
と、ジェスチャー混りに大きな声を上げた。 昭和30年代から40年代にかけて、我武者羅に働いて高度成長を成し遂げた日本の企業や労働者に対して、ヨーロッパ人は、「エコノミックアニマル」、と揶揄して見下した。 スイスやヨーロッパ各国におけるハイキング人気の背景には、そんな“国民性の違い”もあるようだ。
長々と書いてきたスイスで人気の「トレッキング」や「ハイキング」はこれぐらいにして、次に、“ウロコを落として見えた世界(光景)”は――、
「スイスやフランスでは、どんな片田舎に行っても、廃屋や耕作放棄地を目にすることがなかった」
という驚きである。