解釈のちがい。 | 壇蜜オフィシャルブログ「黒髪の白拍子。」Powered by Ameba

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先日、人工的に作られた人の形をした機械が意思を持ち、人間と恋に落ちる…というマンガを読みました。マンガは短編集の中の1つのお話で、短いながらも最終的には(ちょっと変則的な形ではありますが)恋が叶うというハッピーエンドでしたので、 ああよかった、という気持ちで読み終わりました。しかし、こんな未来がいつかは来るのかなぁと考えさせられる内容でした。機械の体ではありますが見た目は人間そっくりですし、機械のメンテナンスをしなければ故障して壊れた機械になってしまうのも、死を表現しているようで…。永遠に生きるというのは機械でも難しいことだと感じました。

マンガのなかでは機械の体を持つ人間そっくりの者たちをアンドロイドと呼んでいました。アンドロイドは人型ロボットの呼び名で、人型ではない働く機械はロボットと言われており、作品を通して違いがようやく分かりました。機械の臓器や筋肉、皮膚や骨などを加えた状態の人間はサイボーグと表現されており、サイボーグの戦士が妙に強くて惚れちゃいそうなほどカッコいい描写もありました。スーパーマンならぬ、スーパーレディでしたが。