この物語は
フィクションであり、登場人物等他
実在するものと一切関係ありません。
身勝手な選択【59】
さすが水商売に精通している竹内である、橋本と続いて店に入る
倫子の二人にただ
「いらっしゃいませ」とだけ言い、迎えた。
橋本は、この店を訪れるのは初めてである。
十人座れるカウンター席と後ろに四人座れるテーブル席が三つ設け
られてあった。
まだ先客はなく
「どちらにでもどうぞ」と竹内に声をかけられ、橋本は今日の後の流れ
を考えカウンター席に倫子と並び腰を降ろした。
竹内が、何をいたしましょうか、と声をかけてくる。
「あー、俺はいつもの奴を頼むよ。ビール」と橋本は言った後
『あなたは?』と倫子に問いかけた。
倫子は、橋本の知らない名前のものをオーダーした。
当然の事として、竹内には分かるのか、かしこまりました、と頭を下げ
背を向け準備に掛かる。
『わたしは、どうさせていただければよろしいのでしょうか?』
不安な表情で倫子が、橋本を見つめた。
「ちょっと待ってください。いま相手に納得して貰える方法を考えますか
ら」と橋本は考え込む振りをして見せた。
橋本は、横の席の倫子の脚に目が留まった。
顔だけでなく、綺麗な脚をしている女だ。
今、南とこの女の関係はどうなっているのだ。
橋本にとって、この女と南との現在の関係や、この女の過去、この女
の性格などどうでも良かった。
橋本に関心があるのは、この女の背後にある村瀬総合病院という組
織だ。
橋本が、歯科の南と彼女が付き合っているのを目にしたとき、南から
彼女を奪い取ってやろうとさえ考えたこともある。
しかし、丸尾誠子が妊娠を盾に結婚を迫ってきて、南に交換殺人を持
ちかける時には、その構想から撤退するしかなかった。
あの当時、もしこの村瀬倫子に近づいたとしても、院長の娘として低姿
勢で近づかなければならなかった。
しかし、今この席では違う。
彼女は、自分のミスで起こしてしまった結果の処理を上手く出来るよう
に橋本に委ね哀願の表情で見つめているのだ。
時間をとることは出来ない。彼女を一旦帰してしまい、父親の村瀬徹に
相談でもされれば、水の泡だ。
橋本は、荒料理を考えた。というよりも最初から、それを計画して彼女を
ここに連れてきた。
倫子が、手洗いに席を立った。
竹内が近づいて来て、橋本に声をかける。
「先生、いい女性を連れておられますね。上流階級のお嬢さんですか?」
橋本は、思い切って竹内に声をかけた。
「きみ、彼女を酔わせて貰うことはできないか」
竹内は、ニヤリとして
「お任せください。今彼女が口にしているものと見た目も口当たりも変わり
ませんが強いものをお作りします」と言い、素早く確かに見た目に同じ物を
つくり量まで彼女の飲みかけの物に合わせすりかえた。
倫子が手洗いから戻って来た。
竹内が倫子の前に、お絞りを置く。
倫子が、お絞りで手を拭いた後、竹内がすりかえたグラスを手にして口を
つける。
橋本は、倫子に気づかれないように横顔を見つめた。
竹内が言った様に、口当たりが変わらないのか違和感を示さない。
『お考えが、まとまりました?』
倫子が問いかけてくる。
本当に、これで酔うのか、と思いながら
「もう少し待ってください」と橋本が、返事をする。
倫子のグラスが底をつくと、竹内が手際よく新しいものと取り替える。
倫子が、新しいグラスに一口つけたとき、結果が現れた。
倫子が急に
『あれ、おかしいわ。なぜか酔ったみたい』と言いながら、赤い顔をしてカウ
ンターの上に頬杖をついた。
『まだ、一杯しか飲んでいないのに』と言うが、語尾の方ははっきり聞き取れ
ない。かなり酔っているようだ。
橋本は、思い切って倫子の腰に手を回してみた。
倫子は、何の反応も示さなかった。