この物語は
フィクションであり、登場人物等他
実在するものと一切関係ありません。
身勝手な選択【58】
『ごめんなさい。弁償させていただきます』
村瀬倫子は立ち上がって、申し訳なさそうな表情で橋本を見て言った。
ふん、金持ちの娘だけあって、何でも直ぐに金で解決できると思っ
ていやがる
橋本は、困った表情を装って
「困ったな、実はこれ僕の物じゃないのです。大した物ではないと僕は
思うのですが、所有者にとってはかけがえの無い、何かの記念品だとか
聞いています。この人ごみの中での立ち話ではなく、どこか静かなところ
で少し考えさせて貰えませんか」と言った。
倫子は橋本が、どこか静かなところで、と言ったことをどう解釈したのか
少し躊躇したような態度を見せた。
「近くに知り合いがしている店がありますので、そこででも」
橋本の差し向けた言葉に倫子は小さく頷いた。
橋本は、三ヶ月ほど前に退院した交通事故で入院していた竹内芳樹と
いう患者のことを思い出していた。
橋本の目から見て、もう退院できると判断していたが、竹内が首が痛い
と言い出して、橋本は嘘だろうと思いながらも、むち打ち症を付け加え一ヶ
月入院期間を増やした。
竹内は交通事故の被害者で、その分相手の保険から保険金がおりる。
実際のところ、首が痛いとか吐き気をもよおす等言われたら認めざるを得
ない。
竹内は、退院するとき
先生、俺は太融寺の近くでスナックをしています、いつか先生のお役に
立つことが出来ます、と声をかけていった。
橋本は、今その役に立って貰おうと考えているのである。
橋本は、倫子と連れ立って梅田地下センターを泉の広場の方に向って
進んだ。
ご丁寧に壊れた花瓶の入った袋を持って。
そこから地上に出て、太融寺の方に向う。
竹内の店は直ぐに分かった。竹内が退院するとき、丁寧に説明していった
からである。
橋本は、店の扉を開いた。来客を知らせる扉に取り付けられた鈴がなる。
カウンターの奥から、竹内が顔を覗かせ橋本を見た。
どうやら、竹内は来客が橋本であることに気づいたようである。
橋本は、倫子に気づかれないように素早く橋本に目配せをした。
ここで竹内が橋本に、先生とでも声をかけられたなら、倫子に素性を知ら
れてしまう。
今は未だ、これからの話の進展に差し支える。